- ナノ -



気を取り直して、ナツキ達は再び作業用のフラットボートに乗り、先へと進んでいた。操縦者はもちろん、ジェイクだ。ナツキが舵を握ろうものならそこかしこにぶつけまくり目的地に辿り着く前にボートが臨終するに違いない。

周囲を警戒しつつ、河を渡っていると不意に視界の端で光る何かが通り過ぎた。

「何か光ったわ……」

シェリーの呟きで発光体が気のせいではないと気付いて目で追いかけた。が、光は漂流物の下に隠れてすぐに見えなくなってしまった。不可解な光源に首を傾げたが、それ以上何も起こる気配もない。

視線を反らし、改めて辺りを見回した。少なくとも見える範囲に怪しい所は無さそうだ。暫くは大丈夫そうかな、なんて考えつつ、揺れで転げないようにナツキはボートの中央で腰を低くした。

「くそっ!舵が利かなくなりやがった!」

「はっ!?」

順風満帆かと思いきや、早速アクシデントが発生する。ジェイクが必死に舵輪を回すがボートの方向は変わらない。エンジンだけは駆動しているため、操縦が利かなくなった今ボートはただ前へ前へと進んでいく。

「ちょちょちょ!りくっ!陸にぶつかるって!」

「んなことは分かってんだよ!」

迫り来る陸地にナツキが顔を青くさせて叫ぶと、苛立った怒声が返ってきて萎縮する。

「っわぁ!?」

ジェイクの努力虚しく、リカバリ出来ずにボートはぶつかって跳ね返り、激しく揺らいだ。身構えていたが強い揺れに耐えきれず体勢を崩して尻餅をつく。いてて、と尻を擦りながら悶えていると波間から不自然な水飛沫が上がった。

赤黒い何かが飛び出して、水滴を撒き散らしながら俺のすぐそばに着地する。そして挨拶代わりのチェーンソーの唸る音。

「ぎゃあああああああ!!!」

振り下ろされたチェーンソーを転がるようにして避けた。ターゲットを見失ったチェーンソーがガリガリと船底を抉りとる。

「おいおい、マジかよ!」

再三のウビストヴォの出現にジェイクが心底嫌そうにため息をつく。ため息をつくよりも前に俺を助けて欲しい。切実に。内心、そんな事を思いつつ、転がった俺は素早く立ち上がりウビストヴォから距離を取った。といってもこの小さなボートの上では限界がある。奴との距離は精々三メートル程だ。ごくりと唾を飲み込んで、銃のグリップを握りしめた。

致命的なダメージを追ったからか、ウビストヴォは先程とは違い、激しくチェーンソーを振り回して、暴れまわっている。不規則な動きのせいで狙いが付けづらい上に誰を狙っているかも解りづらい。

「チッ、ふざけた奴だ」

応戦しながら、ジェイクが舌打ちをした。このしつこさと頑丈さには流石の俺もうんざりだ。まあこういうやつと戦うのも慣れた物だけれど。あの時はドラム缶を爆発させたんだったっけ──。

クリスとシェバの事を考える度、ちょっぴりセンチメンタルな気持ちになる。ふぅ、と息を吐き出して緩く頭を振るい、ウビストヴォに狙いをつけた。暴れまわっていたウビストヴォの動きも徐々に弱ってきている。豆鉄砲でも確かにダメージは蓄積しているようだ。

ナツキが頭を狙い撃ち、怯んだウビストヴォにシェリーがマシンガンで追撃する。少しずつ此方が優勢に変わり、ウビストヴォはボートの端へと追いやられていく。


──タァン


銃声がひとつ。クレーンに吊り下げられていた鉄骨がタイミングよく落下して、ボート端にいたウビストヴォを巻き込んだ。その衝撃で制御を失っていたボートが押し流されて、陸地へと近づく。

やっとボートから降りられる。ウビストヴォの襲撃を乗り越えて、三人は同じように疲れた表情をしながら陸地に上がろうと一歩踏み出した。

誰が予想していただろう──ウビストヴォが再び飛び出して来るなんて。

「ひぇっ!?」

二人に続いてボートから下りようとしていた俺は足が竦んで下りそこねてしまった。その上衝撃で離岸してしまい、自分の脚力では到底飛び越せない距離になっている。

ウビストヴォとぶらり船旅なんて笑えない。半泣きになりながら、ナツキはウビストヴォと向かい合った。二人が陸地から援護をしてくれてはいるが、倒せたとしてどうやって合流すればいいのだろう。

「──へぶっ!?」

まごついていたら視界外からの衝突に何が何だか分からないまま舌を噛む。訳もわからぬうちに身体が浮いて、涙を飛ばすほどの風が吹き付けた。いてて、と舌先の痛みに悶えていると何か柔らかいものが後頭部に当たっている事に気づく。ついでに言うと腰に細い腕が回っていた。

誰かが俺を抱えている。そろっと首を回すと黒髪の女性と視線が絡んだ。見覚えのあるその顔に俺は宙にいることさえ忘れて瞠目した。

「え、いださん……」

以前どこぞの遺跡で出会ったエイダさんだ。彼女が何故ここにいるのかは分からないが、助けられたのは事実だ。

「ありがとう」

おずおずと感謝を告げると、エイダさんは少し目を見開いた後小さく微笑んでくれた。片手で俺を支えながら、ターザンロープのようにエイダさんは空を舞う。ぐんぐんとジェイクとシェリーのもとへと近づいて──

「え"?」

ちょうどジェイクの真上でするりと腰から手が抜かれた。突如全身に襲いかかる浮遊感に汗が噴き出す。心臓が口から飛び出そうなくらいに持ち上がり、ナツキは声にならぬ悲鳴を上げた。

「────っ!!!」

助けてくれたのは嬉しいけれども、最後まで丁寧に助けてください、エイダさん。受け身なんて俺が取れる訳ないの分かってほしい。

落下する感覚に恐怖のあまり目を閉じて、その次に来るであろう痛みに歯を食い縛った。

「っと、大丈夫かお前」

が、やってきたのは痛みではなく、力強い腕と温もりだった。恐る恐る目を開けると至近距離にジェイクの顔があり、ナツキはかちりと硬直する。

「ナツキ?」

「ぶ、あぉおえぉあお!!?だ、だだだだいじょうぶ!」

「あ、おい!暴れるな──」

顔を覗かれて、唇が触れそうな程ジェイクが近づく。その距離感に驚きと恥ずかしさが混ざりあい、ナツキは奇声を上げながら身体を大きく動かした。

「でぇあ!?いだぁ!!」

──のが、いけなかった。ジェイクの腕から転がり落ちて、びたんと地面に叩き付けられる。高々一メートル程度とはいえ顔面から落ちた痛みは絶妙だ。涙がちょちょぎれる。

言わんこっちゃない。ジェイクがそんな呆れを滲ませたため息をつき、シェリーは半目になって此方を見下している。二人の突き刺さる視線が地味に顔面の痛みより痛くて、ナツキは心の中でも泣いた。



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