- ナノ -


シェリーとジェイクに出会ったは良いものの、ゆったりと話している暇は無さそうだった。ジリジリと一歩ずつ迫るウスタナクに四人はそれぞれの武器を手にして身構える。

「あいつの腕に気を付けて!」

「了解」
「オッケー!」

言われなくとも一目見ただけでもあれがヤバそうなのはわかる。レオンに続いてナツキも返事をして、別方向に駆けた。

まず先手を打ったのはレオンだ。ショットガンをウスタナクの正面から放つ。散らばる散弾が容赦なくウスタナクの筋肉質な身体を抉ったが、それだけだった。豆鉄砲レベルでは怯みもしないし、足止めさえ出来ないらしい。その隙にウスタナクの背後に回ったジェイクが無防備な後頭部に向けて発砲していた。

俺達の細やかな攻撃を物ともせず、ウスタナクは腰を低くする。何らかの予備動作だ。危険を察知して唾を飲み込み、ハンドガンを向けた。わざわざ相手の攻撃を待つ理由もない。脳天を目掛けてありったけをお見舞いしてやった。

「ぎゃあああ!!!こっちにくんなぁあああ!!!」

マガジンの中身を全て撃ちきってもウスタナクを止めることは出来ず、重たい足音を立てながらウスタナクが突進してくる。巨体の癖に動きは俊敏で、瞬きの間に目の前まで来たウスタナクを間一髪で横に避けた。

全身から冷や汗が噴き出し、びびり過ぎて喉の手前まで心臓が来る。心臓どころか内臓全部吐きそうだ。

「戦えねぇなら下がってな」

「たっ!!戦えます!!」

通りすぎ様に聞こえた小馬鹿にしたジェイクの声にナツキは頬を膨らませる。今のは予想外の速度で驚いただけだ。決して怖かった訳じゃない。と言い張った……内心で。

負けじとジェイクの背中を追い掛けてウスタナクに近づく。言われっぱなしなのは何だか癪だった。銃のマガジンを入れ換えて、さあやってやるぞと意気込んだタイミングで目の前のジェイクが突然左に避けた。

「へ」

間抜けな一音を出した俺の胸部に煌めく五本指が回る。理解するよりも前に踵が浮いて、一度皮膚を剥いでもう一度貼り付けたような引きつれた顔がナツキを覗きこんだ。腕ごと拘束されていて身動きも取れず、ただただその恐ろしい顔面に震え上がる。

「ひぃっ!?」

何を血迷ったのか、ウスタナクは徐に背負っていた籠にナツキを閉じ込めた。扉が閉められた瞬間、ナツキは叫ぶ。

「ぉ、俺!元カレじゃありませんけどぉおおおおおおお!!!?」

元カレはあっちのはg……ではなく、ジェイクなのに。
小さな籠の隙間から腕を出してウスタナクの背中を叩きまくる。細やかな抵抗だが、なにもしないよりかはマシな筈だ。

ジタバタと籠の中で大暴れしていたら、上手い具合にロックが外れたらしく扉が開いて外へと投げ出された。べしょ、と地面に顔から落ちる。踏んだり蹴ったりの有り様にナツキは涙をちょちょ切らせながら、全力疾走で逃げた。

「……って、あれ?」

また捕まるのは勘弁、と全力で距離を取ったのに予想に反してウスタナクはコンテナの上に飛び乗ってどこかへと逃げ去る所だった。多勢に無勢と感じて逃げたのか、ウスタナクの行動は理解出来なかったが、居なくなったのなら此方としてもありがたい。

「あの野郎の相手は時間の無駄だ。逃げるが勝ちだぜ」

逃げたのは俺達ではなく、ウスタナクの方だがジェイクの言葉には頷かざるを得ない。ため息混じりにジェイクに同意して、ナツキは空になったマガジンに弾を補充する。大分弾も失くなってしまった。酷い弾泥棒だ。

「レオン、ナツキ!こっちよ!」

ヘレナが俺達を手招きして、錆び付いたトタン板が張り付けられた向こう側を指す。トタン板の隙間を覗くと薄い壁の向こうに古びたバスが置かれていた。古い、とはいってもまだ動きそうだ。あれを使って脱出を図るらしい。

ジェイクがシェリーを、ヘレナがレオンを協力して跳ね上げる。因みに俺はその様子を見ているだけだ。
二人が上手くトタンの縁に掴まり、向こう側に移ろうとした時だった。嫌な気配を感じて振り返ると、いつの間にか戻ってきていたウスタナクが二人を狙っていた。

「二人とも危ない!」

俺の声にいち早く反応したレオンが、シェリーを庇いながら向こう側に落ちていった。二人の安否が気になるが敵はこちら側だ。ぎょろりとした瞳が俺達を映した。

ヘレナ、ジェイク、ナツキは一斉に散開し、銃で牽制する。どれだけ撃ってもウスタナクが怯む様子はなく、無意味に弾だけが消費されていく。一撃で大ダメージを与えられればいいのだが、そんな都合の良い武器なんてここにはない。

どうすれば、と考えて思い付く。

「ジェイク!アイツを引き付けれる!?」

「あぁ?何か策でもあんのか!?」

ジェイクの問い掛けに大きく頷いた。"策"という程のものではないが、このままちまちま銃で相手をするよりかは現状を打開出来る可能性はある。

ガンホルダーに銃をしまって、俺は拳を構えた。あまりウロボロスの力を使うのは気が乗らないが、銃よりも大ダメージを与えられることは確かだ。上手くいけば、だが。

「おら!引き付けたぞ!」

ジェイクの奮闘により、ウスタナクの視線は完全に此方から外れている。距離を詰め、強く握りしめた拳を振り上げた。

「──ちょっ!」

振り下ろす、と同時にナツキの気配を察したのかウスタナクが振り返る。機動力を奪うために足を狙っていたのに、大幅にズレて右手の鋼鉄のアタッチメントを殴り飛ばした。

「いったぁあああああああ!!!!」

バキッとアタッチメントを破壊したのはいいが、ナツキの右手も大惨事だ。すぐに治るとはいえ、痛いものは痛い。

「危ねぇっ!!」

痛い痛いと身悶えしているナツキの視界いっぱいに黒が広がり、それと一緒に身体が投げ出される。同時に先程までいた場所に猛スピードでバスが通り過ぎて、ウスタナクを突き飛ばすのが見えた。
顔を上げるとすぐそこにジェイクの顔があり、心臓が跳ねた。力強い腕がナツキの身体を支え、胸元からは汗臭さが漂う。男らしくてかっこよくて、へっぽこ過ぎるナツキとは大違いだ。

頬の傷跡がワイルドさを更に倍増させている。俺ももう少し大人になればこんな風になれるだろうか。

「……大丈夫か?」

「ふぉっ!?だ、だだ大丈夫です!!」

惚けていた俺は顔を覗かれてどぎまぎしながら、ジェイクから距離を取った。これ以上近付かれたら心臓が色んな意味で持たない。
胸元を押さえて深呼吸をして、荒れた心臓を無理やり押さえつける。ジェイクがそんなナツキを見て変な顔をしているが気にしない。無視だ無視。

そんなやり取りはさておき、バスから降りてきたレオンとシェリーと合流する。
右腕を破壊された上にバスにすっ飛ばされたウスタナクはコンテナの上に待避していた。そして徐に肩口から右のアタッチメントを外し、新たな腕を装着する。

「ちゃんと替えまで用意しているのか」

「誉めてあげましょうよ。化け物にしては準備がいいわ」

「いやいや……俺の努力は……?」

折角腕を痛めながら壊したのに、あんなにあっさりと付け直されるなんて。ナツキの努力は一体なんだったのか。

「どうよ、言ったとおりだろ?こいつは倒れちゃくれねぇんだ」

がっくりと項垂れるナツキを他所にジェイクは笑った。「そんなこと言ってる場合?」と辛辣に突っ込んで、ナツキは恨めしげにウスタナクを睨む。

突進してきたウスタナクを避けて、細やかな攻撃を食らわせる。相変わらずそれは牽制にさえならなかったが。

「ナツキ!あれを落としてきてくれ!」

「らじゃ!」

あれ──レオンが指したのはコンテナの上にあるガスボンベが四本入った籠だ。ウスタナクのそばで爆発させればヤツの身体を木っ端微塵に出来るかもしれない。

すぐに木箱を足場にしてコンテナによじ登る。視界端で四人が苦戦しているのを見ながら、ナツキはガスボンベの籠にタックルした。

ガシャン──

コンテナから落ちたガスボンベが地面に転がる。これで準備が出来た。コンテナ上から四人を追いかけるウスタナクを狙撃して注意を引いた。ガスボンベにも気付かず一直線に突っ込んでくる。四人に目線で合図して、俺はタイミングを見計らってコンテナの反対側に飛び降りた。

「爆破させるわ!離れて!!」

ヘレナの声が聞こえて、ナツキは全速力で走り距離を取る。そしてその数秒後、地を揺るがすような激しい爆発が巻き起こり、熱風が身体を撫でた。

その衝撃で燃えていた鉄塔が崩れ、ウスタナクを押し潰す。鉄塔ごと炎に包まれてウスタナクは見えなくなった。



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