- ナノ -


被害は相当なものだった。
通常の旅客機に比べて小型で、爆発もなく不時着出来ただけ被害は幾分かマシとはいえ、目の前に広がる光景には胸が痛む。一呼吸の度に炎に熱された空気が肺をじわじわと蝕んだ。

工場或いは運送会社の倉庫か何かだったのだろうか。人の背より高く積み上げられたコンテナがあちこちに並んでいる。

「──レオン!」

破壊された市街地の有り様に呆けていたら、ソプラノの声がレオンを呼んだ。ヘレナの物ではない。一斉に振り返り──視界に捉えたその姿に心臓がとん、と跳ねた。

彼は、あの人は。

「あるばーと、うぇすかー……?」

「あぁ?」

呆然とあの人の名前を呟くと、金髪の小柄な女性と共にいた男は訝しげに眉を潜めた。丸刈り頭の男の反応にナツキはすぐに何でもない、と首を振って誤魔化す。

良く似ているけれどあの人ではない。目元や鼻筋、口元は生き写しの様にそっくりだけど、纏う雰囲気はまるで違う。

アルバート・ウェスカーは冷徹な人間だった。でも俺には優しかった。理由は知らない。彼なりに産み出したものに対して情があったのか、なかったのか。それすらも推し量ることは出来ないけれども、少なくともウェスカーは周りが考えているよりも冷たくはない──という印象をあのたったの数時間でナツキは抱いていた。

高揚していた感情が萎びていくのを感じつつ、改めて二人を見る。レオンと呼んでいたのもそうだが、レオンが女性に対して"シェリー"と名前を呼んでいたから知り合いらしい。どんな確率を引き当てればこんな荒れた中国で再会出来るのか不思議だ。

上司の命令で彼を保護したの、と金髪の女性、基シェリーが言う。彼、と釣られるようにナツキは再び男をぼうっと眺めた。やっぱり顔つきは似てる。金髪オールバックにしてサングラスを掛ければ絶対ウェスカーのそっくりさんだ。

「何だ?」

「へ?あ……えぇっと……その、素敵なお顔だなぁと……」

「はぁ?」

意味がわからない、というように男が眉間にシワを寄せた。

うん。奇遇だけど俺も良くわからない。誤魔化すにしてももうちょっと良い言い訳があったと思う。初対面に"素敵なお顔"なんて言われても嬉しくないし、なんならちょっと怖い。土下座して地面に頭擦り付けますので眉間にシワを寄せないでください。心臓が跳ねます。悪い意味で。

内心でぎゃあぎゃあと騒がしく相手には届かぬ謝罪をしながら、顔をひきつらせる。ナツキと男の二人で良くわからない邂逅を果たしている間にレオンとシェリーはお喋り中だ。少々置いてけぼり感があるのは気のせいではないと思う。

「レオンはどうして此処へ?」

「テロの首謀者を追ってきた。大統領補佐官ディレック・C・シモンズだ」

「そんな……何かの間違いよ」

レオンの口からシモンズの名前が出たとたん、シェリーは顔色を悪くした。首を緩く振り、眉を下げる。

「シモンズは私の直属の上司よ」

「何!?」

思わぬ繋がりに驚きを隠せない。更にはこれからシモンズに会う予定だとか。ハニガンの能力をもってしても中国でのシモンズの所在は分からず、虱潰しに探すしかないと思っていたのにこの繋がりは運が良い。

「ヤツは何処にいる?」

しかし、レオンの問いかけにシェリーは口を閉ざした。困ったように眉を下げ、答えるべきか悩むように視線をさ迷わせる。
立場上、守秘義務があるのだろう。大統領補佐官の部下ともなればそういう事に関しての誓約書も書かされている筈だ。

「シェリー!」

口をつぐんだシェリーにレオンが詰め寄った。その荒っぽさにレオンを止めようと一歩前に踏み出す──よりも前にウェスカー似の男がレオンを突き飛ばした。

「ジェイク!」

更に殴りかかろうとした男──ジェイクをシェリーが間一髪で押し留める。一瞬にして険悪なムードになった二人をナツキはどうすることもできずに両者を交互に見た。

最悪な沈黙に終止符を打ったのはシェリーだった。

「私に任せて」

そんなシェリーの腕を引っ張り、ジェイクが耳打ちする。何を言ったかは聞こえなかったが、シェリーが不機嫌そうな顔をしてジェイクの腕を払った。

「レオンは別。彼が私をラクーンシティから助け出してくれたの!」

"ラクーンシティ"とやらが何なのかは知らないが、語脈から察するにレオンはシェリーの命の恩人、といったところなのだろう。だが、ジェイクにとっては気に入らない事柄だったらしく鋭い眼光でレオンを睨み付けた。

「危ないっ!!」

蚊帳の外だったヘレナが何かを発見して叫ぶ。ナツキも一歩遅れながらも"ソレ"に気付く。シェリーの背後から飛行機の巨大なエンジン部分が飛んでくるのが見えた。

「──ひぎゃああああ!!!?」

悲鳴を上げながらも反射的に頭を抱えながら身を屈めた。ソレが風を切りながら頭上ギリギリを通り過ぎる。

シェリーを助けるなんて、考えにも至らない。自分の身を守るのでいっぱいいっぱいだった。だけども可愛い女の子のスプラッタな姿なんて正直見たくないし、悪夢だ。

恐る恐る顔を上げる。ナツキの悪夢は妄想だけだった。ジェイクの腕の中で五体満足の姿のシェリーにナツキはほっと胸を撫で下ろす。

「ていうか、何で飛行機のエンジンが……?」

爆風に煽られて飛んできた訳では無さそうだし、とてもゾンビが投げれるような大きさではない。冷や汗をかきながら飛んできた方角を確認して、更に汗が噴き出した。

遠くでも良く見える。コンテナの上に立つ人型の巨大な化け物。片腕は義手になっており、金属製の鋭く長い指が鈍く光っている。化け物は空に向かって一度咆哮すると、その巨大な体躯には似合わぬ跳躍力でナツキ達の前に着地した。

「またあいつか……」

「知り合いか?」

うんざりと呟いたジェイクにレオンが訊ねる。あれを知り合いかって聞けるレオンはぜっっったい可笑しい。

「元カノみてぇなモンさ。どうも引き際が分かってねぇんだよな」

ジョークにジョークで返すジェイク。
これはもしかしてツッコミ待ちなんだろうか。あれを"元カノ"呼ばわり出来るジェイクはかなり大物だと思う。

でもあれって元カノなの?どう見ても男だけど。ん?論点がずれてる?

それに対してわかるよ、なんてレオンが疲れた表情で頷いた。

「そのうち慣れるよ」

慣れる、とは。目の前で再び咆哮する化け物──ウスタナクを見てナツキは考える。


あれに追い回されるなんてぜっっったい慣れるわけないと思うんですが……レオンさん!?



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