- ナノ -



了解──とハニガンに返事をして、俺達はコックピットから飛び出して、反対側の後部へと向かった。操縦士がいない上に異常発生中の機内は荒れていた。揺れに足をとられて躓きそうになりながらも走る。
同乗していた客はキャビンアテンダントの指示に従い着席しているが、あちこちで倒れている客も目についた。

無事だと良いのだけれど……。そんな事を思いながら、顔を押さえて長椅子に寝ている人を横目に見た。

階段を下りて、後部に辿り着いた。異常を示す赤い警告灯が光っている。ハニガンの情報では圧力隔壁に異常が発生しているとの事だったが、どうすれば直るのだろうか。

「ナツキ、こっちだ。手伝ってくれ」

首を傾げていたらレオンに呼ばれた。赤いバルブハンドルの向かって右側を指し示される。一緒に回せ、ということらしい。左側はレオンが掴み、せーの、とタイミングを合わせてハンドルを回した。

圧力隔壁用だけあってかなり重いハンドルだったが、二人の力を合わせれば少しずつ回転しはじめる。何とか最後まで回しきると喧しかったサイレンが止んだ。一先ず緊急事態は脱した。胸を撫で下ろし、緊張感で額に滲んでいた汗を拭う。

「後は逃げたレポティッツァを──」

倒さないとね、の台詞に破裂するような音が被った。天井の鉄板が抜け落ち、床で跳ね、わんわんと反響する。突然の物音にナツキは数センチ身体を飛び上がらせた。

「ひぇっ!?なななななに!?」

抜け落ちた天井の穴からにょきりと薄ら笑いを浮かべたようなレポティッツァが顔を出す。何度見ても気味の悪いB.O.W.だ。
でっぷりとした肥満体が天井から落ちてきて目の前に着地した。青いガスがその衝撃で噴出し、狭い機内に漂う。

もうガスが噴出するようになっている。B.O.W.の成長の速さはつくづく恐ろしい。

口許を押さえて、レポティッツァを睨む。

「下がってナツキ!」

ヘレナの鋭い声にナツキは即座に壁際に退避した。同時にどん、と小規模の爆発が起こる。間近で手榴弾を受けたにも関わらず、レポティッツァは膝をついただけだ。最悪なことに攻撃する度にガスが噴出し、密閉された空間に充満する。

うっすらと視界が青い。俺はともかくレオンとヘレナはガスを吸い続けたら危険だ。

「ナツキ!ハッチを開けるレバーを引いて!」

「オッケー……ってどこにあるの!?」

威勢良く返事をしたものの、肝心のレバーがどこかわからない。貨物の影に隠れているのかと周囲を見回していたら、レオンから助け船が飛んでくる。

「あそこの赤いケースだ!」

壁際に取り付けられた赤い長方形の入れ物には"開閉レバー"と白い文字で記されていた。ちょうどナツキが一番近い。駆け寄り、開閉レバーを覆うケースの蓋に手を掛けた。

「かっっった!!」

ハッチの開閉レバーは緊急時以外下手な人間に触られないよう、かなり硬く閉ざされていた。そこそこ力を入れて引っ張ってもびくともしない。もたもたしていたらレポティッツァを引き付けていた二人が咳き込んだ。

あぁ、くそ。内心で悪態をついて、俺は深呼吸をひとつして指先に力を込めた。

バコンッ──勢い良く蓋が蝶番ごと弾けとんだ。カラカラと赤い金属板が床を滑る。間違いなくやり過ぎた。が、今はそれどころじゃない。荒っぽくレバーの持ち手をひっつかむ。

「ハッチ開けるよ!二人とも気を付けて!」

レバーを引き下ろしながら注意を飛ばす。停止していた警告灯が再び点灯し、サイレンが鳴り響く。ハッチが徐々に開き、無風だったそこに空気の流れが起きる。開ききるよりも前に壁の突起を掴み、次に起こるだろう強風に身体を硬くした。

ごう、と強い風がうねり、貨物を宙へと放り出す。それはレポティッツァも同じで。何度か壁に激突しながら外に投げ出された。この高さから落ちればヤツも一溜りもないだろう。落下地点に多少の被害はあるだろうけど。

手を伸ばすその姿に既視感を覚えて、ナツキは目を細めた。前にもこんなことがあった。あの時は飛行機じゃなくて戦闘機で。

「ナツキ!レバーを上げれるか!?」

「うん!ちょっと待ってて!」

吹き荒れる風の中、壁づたいに進んでレバーに手を伸ばして、今度は押し上げた。ハッチがゆっくりと閉まる。完全にハッチが上がって、風が収まってからナツキは壁から手を離した。

と、同時にハニガンから通信だ。

「高度が下がってる!コックピットに急いで!」

後部での仕事が終わったと思ったら、先頭のコックピットだなんて忙しない。顔を見合わせて、また来た通路を戻る。

階段を上がり、客室に入る手前で異変に気づいた。

「……音が、しない?」

あれほどに騒がしかったのに、今は嘘のように静かだ。エンジンの音だけがごうごうと振動と共に響いている。あまりに不自然なそれに俺は銃に手を伸ばした。こういうときは大抵、最悪のパターンが待っている。

足音を殺して角から客室を覗いた。レポティッツァはしっかりとウイルスガスを撒き散らしてくれていたらしい。開きっぱなしの扉からふらりふらりと覚束無い足取りで歩く人影が見えたが、その顔は青ざめ、所々肉が削げ落ちて血が滴っていた。

「あぁ……ゾンビになってる……」

「くそっ……」

レオンが苦い顔をする。守れなかった。それに彼らを巻き込んだのは間違いなく俺達だ。俺達が居なければ彼らは何でもない空の旅を楽しめたのに……。悔やんでも仕方のない事だとはいえ、考えずにはいられない。

「行くぞ」

レオンが先頭に立って、行く手を阻むゾンビを蹴散らす。そのすぐ後ろをナツキ、ヘレナと続いて通路を駆け抜ける。コックピットまでの距離はそう長くはないのに、奴らがいるだけで異様に遠く感じた。

ハッチを開けた影響で自動操行に不具合が出たらしく、先程よりも激しく機体が上下する。椅子や箱がひっくり返り、剥がれた天井が道を塞いでいて回り道をしつつ、ゾンビの襲撃を切り抜けてコックピットへと辿り着いた。

「私が指示するからレオン、貴方が操縦して!」

中々に無茶振りだが、レオンは素直に操縦席に着く。コックピットに取り付けられたモニターには飛行機の全体図が表示されており、後部と主翼の左側、右側のエンジンが赤く点滅していた。事態はかなり不味そうだ。

「ナツキ、ヘレナ、ゾンビは任せた」

コンソールを見回しながらレオンが言った。それと同時に奴らの呻き声が背後から聞こえてくる。こくりと頷いて、ナツキは迫り来るゾンビを迎え撃った。幸いレポティッツァのような変異したB.O.W.はおらず、ヘレナと二人でも凌げている。しかし数だけは多い。乗客全員がコックピットに集中しているのだ。笑えない。

「弾無くなるっての!」

文句を言いつつもマガジンを手早く入れ換え、飛び掛かってきたゾンビの額を即座に撃ち抜いた。近場のゾンビを一掃して、ナツキはちらりとレオンを横目に見る。

ボタンを押したり、操縦桿を握ったり、小難しそうなハニガンの指示をレオンは上手くこなしているようだ。墜落の心配は無さそうだな──なんて思ってた時もありました。

「よし」

問題なさそうなそんな油断させる呟きの後、酷い衝撃が機体に走って傾いた身体が床に叩きつけられる。腕で庇う暇もなく、もろにお腹を打ち付けて内臓が口からこんにちは……とはならなかったが、わりとギリギリだった。見えてないけど気持ちの上では半分くらい出てた。たぶん。

ガリガリと削るような鈍い振動が続いて、爆音とあちこちをぶつけるような激しい音が混ざりあって鼓膜を打ち鳴らす。暫しその状態が続いて、真っ赤な炎を撒き散らしながら静止した。

墜落の経験は正直二回も要らない。
というかもう二度と経験したくもない。

ズタボロになった全身に力を込めて身体を起こし、痛みを逃すように息を吐き出した。天井が落ちてペチャンコにならなかったことだけは運が良かった。

「ヘレナ……生きてる?」

「……えぇ……何とかね……」

「とりあえずここから出ないと……」

すぐ隣に倒れていたヘレナに声をかけた。頭を押さえながらもヘレナは自力で身体を起こして頷く。見る限り打ち身はあれど、出血するような大怪我はなさそうだ。

「レオン?」

「あぁ……俺も大丈夫だ」

操縦席にレオンは何処かぶつけたのか苦い表情を浮かべている。それでも生きている。命あっての物種だ。

「三人とも無事ね?飛行機から脱出できそう?」

インカムにハニガンの通信が届く。その声色には不安と心配が混ざりあっていた。「何とか無事だよ」と答えると、ハニガンの安堵のため息がインカム越しに聞こえた。

脱出出来そうな所を探して周囲を見回す。客室に続く通路は天井が剥がれて、蛍光灯がぶら下がりあちこちから火花が瞬いている。この先を進むのは危険そうだ。

「仕方ない。ここから脱出しよう」

そう言ってレオンが指差したのはコックピットの割れた窓。中途半端に残った鋭利なガラスをレオンが蹴り飛ばして、通りやすくする。操縦席を足場にしてレオンが一番先に窓から外へ出て、ナツキもヘレナを支えながら、その後に続いた。




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