- ナノ -



2013年6月30日。

俺達は中国に向かっていた。ビジネスジェットの優雅な空の旅は今のところ問題はない。座り心地の良い革張りの椅子に腰かけて窓の外を覗いた。夜も遅いため、外は真っ暗だが次第に近づいてくる街明かりは星のように輝いている。

遊びに来ている訳ではないのに、外を眺めてワクワクしてしまうのは初めての飛行機だからだ。戦闘機はノーカン。あの時は必死だったし。

「中国の空域に入ったみたいね」

席を外していたヘレナが戻ってきた。「そうだな」とレオンが相槌を打ち、俺は視線を窓の外からヘレナへと移す。

二人の間を漂う空気は重く、ほんの少し居心地が悪い。出会った当初から色々といざこざのあった二人だし無理もない。

「何故私を当局に差し出さなかったの?貴方の無実を証明できたのに……」

「君一人を悪者にして解決する事件じゃない」

それに、とレオンは付け足した。

「女に振り回されるのには慣れてる」

場を和ませるようなおふざけ混じりの言葉に俺は思わず笑った。ヘレナもつられるように口角を上げる。

「ヘレナよりもナツキだ。本当に俺達に着いてきて良かったのか?」

「んー……まあ、これだけ巻き込まれたらもう最後まで巻き込まれたいもん。それにシモンズの悪行の証言者は多い方がいいでしょ?」

「それはそうだけど……」

本音を言えば行く当てが無かったからだけど、それはひっそりと胸の奥にしまっておいた。実際問題ハニガンがいなければ偽造パスポートも用意出来なかったろうし、身分も貯蓄もない俺は間違いなく路頭に迷っていただろう。それを考えれば俺はかなり運が良かった。

「っていうか、ここにいる時点でそんな質問今更すぎるよ」

飛行機に乗る前ならまだしも、もうここは中国の空の上なのだ。それもそうだな、とレオンは苦笑混じりに頷いた。

和やかな談笑の時間は中国に着くまで続くのだと思っていた。がくん、と機体が大きく揺らぐその寸前までは。

「ふわっ!?」

激しく上下に揺れる機体にナツキは反射的に固定されたテーブルを掴んだ。電気系統にも異常が出ているらしく蛍光灯が明滅を繰り返した。その瞬きの間に機内は悲鳴に包まれて、騒然とする。

「行くぞ!」

「わ、待ってよ!」

揺れが納まるや否や、レオンが駆け出した。ナツキも一歩遅れながらもその後を追いかける。向かう先はコックピットだ。

グラスや椅子が倒れ、酷い有り様の機内を横目に通りすぎ、コックピットに続く階段を駆け上がった。自動ドアが開く──パイロットが一人、俯きに倒れている。すぐに駆け寄り、首筋に手を当てた。脈はない。

「どうだ?」

首を横に振って問いに答えて、もう片方の操縦席を確認した。そこには人ではなく、いつぞや見た気味の悪い蛹が鎮座している。いつ感染していたのか解らないが、何がなんでも俺達を殺したい奴等がいるのは確かだ。

ぱき、と蛹の背中が割れる。粘り気のある白い液体と共に身体に無数の穴の空いた腫瘍を持つ化け物──レポティッツァが孵った。いつぞやの教会で見たアイツ。逃げ場のない機内でウィルスガスを発生させるレポティッツァはかなりまずい。

「操縦を任せる訳にはいかないようだな」

「こんなヤツより自動操行の方がましだよ……」

銃を抜き、レポティッツァが動き始めるよりも先に攻撃する。危惧していたガスは産まれたばかりだからか、ダメージを与えても噴出しなかった。とはいえ、いつガスが出るかもわからない。油断は禁物だ。

よたよたと覚束ない足取りながらも此方に迫るレポティッツァを迎え撃った。狭い機内で銃声がけたたましく反響する。俺は狙いを定めて正確にレポティッツァを撃ち抜く。
コックピットの精密機器や窓に当たりでもしたら、それこそレポティッツァ以上の大事故になりかねない。と、俺は思うのだが、そこんとこどうなんでしょうか、レオンさん、ヘレナさん?

二人の遠慮のない連射に気にする自分がおかしいのかなと感覚がバグる。

「あ!」

三人の集中攻撃に耐えかねたレポティッツァは天井を突き破り、ダクトを通って何処かへと逃げ去った。

「逃げちゃった……」

まさかあのB.O.W.に逃げるという知恵があったのには驚いた。大抵は知能もなくただ襲いかかってくるだけだったのに。それだけウイルス研究が進んでいるということなのだろう。あまり喜ばしくはないけれど。

流石にダクトの中に入ってまで追いかけるのは難しい。くそ、とレオンが背後で悪態をついた。

「三人とも、聞こえる!?圧力隔壁に原因不明の異常!後部へ行って、状況を確認して!」

耳元の通信機にハニガンの連絡が届く。此方の状況をリアルタイムで確認し、サポートをしてくれるハニガンの存在はかなり大きい。
因みにナツキも中国に乗り込む前にインカムを貰った。行動をする上でお互いに連絡を取り合えないと不便だからだ。

自分の耳に掛かるそれは何だか擽ったくて慣れないんだけど、でもすごく嬉しくて。


やっと仲間だと認められたような気がした。




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