- ナノ -


シモンズ。倒すべき敵は見定まった。ヤツを失脚させるためにはまずここから脱出しなければ話は始まらない。

松明の柔らかな光が石造りの遺跡の通路を照らしている。ちろちろと時折揺らめく炎は真っ暗闇を照らすには頼り無く、所々薄暗く見通しが悪い。無いよりはマシとはいえ、敵の奇襲があるかもしれないと思うと落ち着かなかった。

「俺達は同じボートの上だ。否が応でも、パートナーって訳だな」

「いいわ。協力してシモンズを止めましょう」

「当然俺もボートに相乗りさせてもらうからね」

遺跡の随所に置かれた棺をそろそろ覗いていたナツキは振り返りながら言う。ここまできたらナツキだって無関係じゃないし、シモンズが悪だと知ってしまった以上、それをスルー出来る程ナツキは冷たい人間じゃない。

「えぇ、勿論」

ところで、とヘレナさんが辺りを見回しながら口を開いた。

「ここもシモンズと関係が?」

「この上がヤツの研究所だ。そう考えるのが自然だな」

二人の会話を聞きながら、開いた棺の中に入っている布を突っつく。見るからに古びていて薄汚れたそれは軽く触れただけでぼろぼろと崩れた。壁に張り巡らされたクモの巣といい、干からびて半骨化した死体といい、長らく放置されていたらしい。

「エイダ……あの人は信用しても大丈夫なの?」

「……難しい問題だ」

その質問にレオンさんは渋い顔をした。二人の関係は言葉では説明しづらく、深く複雑ならしい。まあ恋愛関係、みたいな浮わついた関係性ではないことは雰囲気で分かる。

でもレオンさんとも知り合いで、シモンズとも知り合いで、俺がウロボロスに適合していることも知っているなんて、本当にエイダさんは何者なんだろう。悪い人って訳じゃ無さそうだけど。

「ただのお友達ではなさそうね」

レオンさんは否定も肯定もせずに、曖昧な表情で答えていた。

あちこちにある棺を観察しながら歩いていると、不意に足元が沈んだ。また地面が崩れる、と反射的に身体を堅くしたが、浮遊感はなかった。代わりに空を切るような音が鼓膜を打つ。

「げっ……」

通路の両壁の中程から飛び出た巨大な刃物がぐるぐると回転していた。扇風機のファンを刃物にしたようなそれは侵入者を阻んで唸っている。

どこぞのゲームのダンジョントラップにも良く似たそれに頬っぺたが引きつった。ギギギ、と首を回してレオンさんを見上げたら俺と同じ様に顔を引きつらせていた。が、すぐに我に返って仕方ないと首を振りながら息を吐き出す。

「ナツキ、行くぞ」

「いやいやいやいやいや!!無理無理無理無理無理だってばぁあああ!!!??」

無理やり腕を掴まれて一緒に走らされた。滑るようにして引かれるまま身体が傾く。心の準備も何もかも整っていないナツキの顔の数センチ上を大きな刃が風を切りながら通り抜けた。

ガツッ──

勢い良くレオンさんに頭を下げさせられて、硬い石の地面に後頭部を叩きつられる。あまりの痛みに声もでなかった。

(何か俺に恨みでもあるんですか、レオンさん……)

頭上には刃が煌めいているため起き上がることも出来ずに、寝転がったまま心の中でぼやく。じんじんと痛む後頭部の痛みが引くのを待ってから、ナツキはのそのそと匍匐前進で刃の下から抜けた。

先に刃のトラップから抜けたレオンさんが平然とした顔でゾンビを撃ち殺しているのには文句のひとつでも言いたかったが、トラップを起動させてしまったのは自分自身なので何も言えないままその背中を追いかけた。





「……うわぁ……燃えてますね……」

やっとの思いで刃のトラップを抜けたと思っていたら、今度は燃え盛る炎が道を塞いでいた。ウロボロスの特性上、火炎は得意ではない。溶岩に飲まれたあの時を思い出してナツキは身震いする。

「……流石に進めないな。火遊びは趣味じゃないんだ」

「別の道を探しましょう」

暫く辺りを探索していたら、炎の手前の壁に錆び付いて中腹ほどから折れてしまっている梯子があった。梯子は壊れているが上にも道があり、どこかに繋がっているようだ。

一人だったら上れなかったろうが、ここには三人もいる。レオンさんと協力してヘレナさんを上へと持ち上げた。

「奥を確認してくるわ。待ってて」

ヘレナさんが一人で探索に向かうのを見届けて、暫しレオンさんと待つ。手持ち無沙汰で意味もなく銃を弄る。うん、弾は大丈夫そうだ。

「ナツキはどこかで訓練でも受けていたのか?」

「へ?なんで?」

「違うのか?銃の扱いが上手いからてっきりそうなんだと思っていたんだが」

「あー……前にちょっとだけ軍隊経験のある人に教えてもらったんだ」

BSAAの名前を出すと話がややこしくなりそうだから少しぼかした。まあBSAAも軍隊みたいな物だろうし嘘は言っていない。

「そうなのか。道理で」

レオンさんが納得したところで、燃え盛っていた炎の勢いが弱まり、消えた。ヘレナさんがうまくやってくれたらしい。

正面にはライオンを模したレリーフがあった。トラップの炎はこのライオンの口から発されていたみたいだ。角を曲がるとクランクハンドル前でヘレナさんが待っていた。

「このハンドルを回すと炎が出るみたいね。ゾンビが一心不乱に回していたわ」

ふぅんと相づちを打って、突き当たりにあった扉を見た。大きな扉だ。鍵穴はない。中央には小さな窪みがあり、複数の蛇が絡み付いたような細工が施されていてその上に文字が刻まれている。

「"一族の証を示せ?"」

文字を読み上げてナツキが振り返ると、二人とも顔を見合わせて首を傾げる。

「……そんな物あるわけないわ。あなた持ってる?」

「生憎シモンズの一族とは関わりがなくてね」

「逆にあったら驚くよ」

しかし証を示さねば扉は開かない。それに鉄の扉は分厚く、抉じ開けるのは厳しそうだ。「そういえば」と思い出したようにレオンさんがジャケットの内ポケットをまさぐった。

「エイダがくれた指輪が……」

「いつの間に……」

レオンさんの手元には大振りの指輪があった。トップには確かに扉と同じ様な模様が刻まれている。大きさも扉の穴と同じくらいだし、試す価値はあるだろう。

指輪を受け取り、恐る恐る穴に押し込んだ。かち、と何かが噛み合う音がして、扉の装飾の仕掛けが鈍く動き出す。

「素敵な贈り物だったよ、エイダ」

本当に。レオンさんの言葉に俺は深く頷いた。エイダさんは俺達がここに来るのを予測していたんだろうけれど、気が利きすぎではなかろうか。うっかり惚れちゃいそうだ。美人だし。

と、まあそんなことはさておいて、仕掛けの動きは遅く、解錠にはまだまだ時間が掛かるようだ。

「二人とも!来るわ!!」

ヘレナさんの鋭い声に俺は素早く銃を構えた。どこから湧いてきたのか分からないが、先程通ってきた通路からわらわらとゾンビが押し寄せてくる。

普通のゾンビだけでなく、ブラッドショットも襲撃に混ざり、時折飛びかかってくるリッカーに良く似たそれに心臓がきゅっと縮まった。ギラつく爪先を横ステップで避けて、振り返りながら銃で狙い撃つ。

「次から次へと面倒だな」

「ねぇ……あのトラップ、使えないかな?」

ちょうど奴等が来るのは炎のトラップの直線上だ。わざわざ弾を浪費せずともあるものを使えばいい。

「成る程。いい案だな」

俺の提案にレオンさんが頷く。物は試し、とクランクハンドルを握り、ぐるぐるとハンドルを回す。かちかちと仕掛けの動く音がして、ライオンのレリーフから炎がごうごうと吐き出された。

腐肉の焼け焦げる臭いがして、一瞬の内に消し炭になっていく。悲鳴とも呻きともとれない引きつれた声が燃え盛る炎に混ざる。自分の出した案とはいえ、屍人の阿鼻叫喚には少々心にくるものがあった。

こうして襲い来る彼らも結局の所は被害者にすぎない。シモンズの実験に巻き込まれて、ゾンビになって捨てられて、焼かれて──何も言わずに目を伏せた。ウェスカーを倒してもまだウイルスによる被害者はいて、テロは勃発しているなんて酷い世界だ。

壁の隙間から這い出てきたゾンビを銃で仕留める。殆どは炎のトラップで焼失させれたお陰で後は簡単だった。最後に残ったブラッドショットをレオンさんがショットガンで吹き飛ばして、ようやっと辺りは静かになる。

「よし。これで終わりか」

それと同時に扉の仕掛けが止まり、解錠を知らせる軽い音が響いた。


ザアザアと水の落ちる音がする。通路の先の開けた空間に滝のように流れる水が見えた。

「ここ、本当に大丈夫?」

足元には濁った水が貯まっていて、正直入るのは躊躇する。「濡れるくらいどうってことないわよ」とヘレナさん。確かにそうなんだけど、気持ちの問題である。

男顔負けの男らしさでずんずんと水に入っていくヘレナさんに続いて、俺もそろそろと進んだ。水深は一メートル程だろうか。身長の低い俺は腰元上くらいまで水に浸かってしまう。銃を濡らさないように気を付けながら、水の中を歩くのは想像よりも面倒だ。

「う……冷たい……」

地下ということもあり水温はかなり低く、ナツキは身震いした。こんな所にずっといたら風邪を引いてしまいそうだ。

寒い寒いと震えながら進んでいると、奥の方で何かが動いて水の中に消えていく。それはまるで魚の背鰭のような形をしていたが、大きさが普通ではなかった。きちんと目視は出来なかったが人さえも丸のみ出来そうな大きさだったように思う。

「ななななななにあれっ!」

「……気を付けろ、何かいるぞ」

ただでさえ水で嫌だったのに、得たいの知れない水生生物のせいでより一層行きたくないゲージが増した。ここを通る以外に道はないから我が儘なんて言ってられないけど、とにかく嫌すぎる。

半泣きでレオンさんの後ろに張り付いた。

「ナツキ……近すぎて邪魔だから離れてくれ」

守ってくれるかと思ったら、淡白なセリフが返ってきてちょっと凹んだ。

水を掻き分けて道なりに進む。幾つか面倒な仕掛けはあったが、ヘレナさんと別行動したりしながらうまく切り抜けた。回転刃と地面から突き出す槍(数十本セット)には死を覚悟したが、意外と何とかなった。

三人で新たな扉の前に辿り着く。扉の両脇に取り付けられた赤い持ち手のレバーをレオンさんとヘレナさんがタイミングを合わせて下ろした──と同時に開いた。



──地面が。




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