遥か谷底に落ちたデボラさんを想い、ナツキは目を伏せた。
この決断をするのに……たった一人の肉親を自分の手で切り離すのにどれだけ覚悟したんだろう。それは家族がいない俺には量り知ることは出来ないけれど、きっと胸が張り裂けそうなくらい苦しい。
「あいつが……これを仕組んだのよ……」
ヘレナさんはようやっと真実を話し始めた。
"シモンズ"という男にヘレナさんは妹──唯一無二の肉親のデボラさんを人質に取られ、どうすることもできず言いなりになっていたらしい。大統領の警備に隙を作ったのも私だ、とヘレナさんは打ち明けた。
「シモンズらしいやり方ね」
話を聞いていたエイダさんがぽつり。その言い方はまるでシモンズと知り合いのようで。レオンさんは何がなんだか、といった風に肩を竦めた。
「ヤツの目的は何だ?」
「話せば、長いわ」
エイダさんはそう言うとウエストポーチから青白く光る三角柱のカタチをした何かを取り出した。嵩張りそうなカタチだなぁと眺めているとエイダさんと目が合う。目を反らすのも変な気がして、どぎまぎしていたら微笑まれた。
でもそれも一瞬で、次見た時には険しい顔をする。
「相手はこの国を作った連中よ。うまく立ち回らないと自分達が死ぬことになるわ」
それだけ言うとエイダさんは銀色の銃らしき物を頭上に向かって撃った。銃口からは弾丸──ではなく、ワイヤーが飛び出して上にあった木片に巻き付き、エイダさんの身体が勢い良く舞い上がる。
ぽかんと呆けたまま見上げていると、エイダさんが此方を見下ろして手を振った。そして口パクでなにか言う。
ま た 会 い ま し ょ う 。
ナツキはキョトンとして頷いた。くすっとエイダさんは綺麗に微笑むと今度こそ何処かへと消えていった。
『レオン、今どこなの?』
機械を通した声が聞こえて、ナツキは振り返る。レオンさんの手元のモバイルが光を放っていた。先程の女性の声の出所はアレのようだ。
何処と通信しているのか気になって、ナツキも画面を覗いた。赤縁メガネを掛けた色黒の女性が困ったような表情をしている。
「シモンズはそこにいるのか?」
『……えぇ』
女性は歯切れ悪そうにレオンさんの問いかけに肯定した。
「ヤツに注意しろ。ヤツが事件の──」
首謀者だ、と言い切るよりも先に画面が動き、白いスーツを着た人相の悪い男が映る。にやりと意地の悪い笑みを浮かべて男は『私が何だって?』と挑発してきた。教えられなくても分かる。コイツが……シモンズだ。
レオンさんとヘレナさん。画面越しに二人に睨まれたシモンズは肩を竦めた。
『大統領から君の事は聞いていたよ、ケネディ君』
「俺もあんたの事は聞いている。三十年来の盟友だとな」
『ところで……大統領の死に立ち会ったそうだね?君達だけで』
途中参加のナツキには何が何やらさっぱりだが、あまり宜しくない内容なのは感じ取れる。
「何が言いたい?」
『このテロについて君達に容疑が掛かっていてね』
「よくも……!」
謂れのない罪を擦り付けられてヘレナさんが噛みついた。が、シモンズはせせら笑って言葉を続けた。
『エージェント・ハーパー。現に君はテロの発生直後、自らの任務を放棄し……大統領の側から姿を消した』
これが何よりの証拠ではないのか?──けれど、それはシモンズの指示だった。人質を盾にヘレナさんを脅して……自分の手は汚さない辺り、姑息でいけすかない男だ。
これなら野望を自分の手で実現させようとするウェスカーの方が数倍マシな気がする。まあそこまでウェスカーの事を知っている訳じゃないけれども。
「ふざけないで!このテロを仕組んだのはあなたよ!」
『告発のつもりかね?何を証拠に言っている。私は合衆国を護る立場……国家の安定を保つ事……それこそが私の使命だ』
「嘘よ!」
此方が手出しできないからか、どれだけ反論しようとシモンズは余裕の表情だ。腹立たしいことこの上ない。部外者のナツキでも話を聞いているだけで沸々と怒りがわいてくるのだから、二人の怒りはもっと大きいだろう。
『大統領を殺したテロ事件……君達はその容疑者だ』
「口開けば開くほど不快で最低な野郎だな、あんた!二人が容疑者?ふざけんなよ!レオンさんもヘレナさんも……あんたよりよっぽど正義感のある人達だ!」
本当は口出すつもりなんて無かったけれど、言いたい放題のシモンズに我慢できず噛み付いた。ムカつき過ぎて目がじわりと熱を持ったのを感じる。
『……誰だね、君は』
「名乗るほどの人間じゃない。二人に助けられた、ただの一般人」
中身は普通じゃないけれど。そんな言葉はぐっと堪えて、ナツキはシモンズを睨み付けた。ナツキの答えにシモンズは小馬鹿にするように鼻で笑う。
『無実を証明したければ、私の前へ来たまえ』
それだけ言い捨てると強制的に通信が切られた。ツーと無機質な機械音が流れる中、ナツキはむすっとする。あんな悪人にレオンさんとヘレナさんが罪人に仕立て上げられるのは甚だ不快だ。
不機嫌を顔面に貼り付けていたら、ぽん、と頭に軽い感触が。
「ありがとう、ナツキ」
顔を上げると優しい顔をしたレオンさん。
「俺、別にお礼を言われるような事してませんよ?」
「シモンズにがつんと言ってくれたでしょ?ありがとう、嬉しかったわ」
「へへっ……どういたしまして」
お礼を言われるのは慣れなくて気恥ずかしい。照れを隠すように鼻先を擦って誤魔化した。
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