少し離れた所に落ちたレオンさんと合流した。ヘレナさんは運悪く反対側に落ちてしまったようで一人で頑張っている。
あとちょっとで最下層、というところでデボラさんの妨害が入った。ロープで向かい側に飛び移ろうとしていたレオンさんがその妨害で落下する。
「大丈夫ですか!?」
慌てて飛び降りて、レオンさんの元に駆け寄る。不意の攻撃だったが、怪我はないようでレオンさんは立ち上がった。
「あぁ、問題ない」
デボラさんが殺意の籠った瞳で此方を睨んでいる。ヘレナさんの想いとは反して戦闘は避けられなさそうだ。
「殺してあげなさい。可哀想だと思うならね」
未だに認められずにいるヘレナさんにエイダさんは残酷な言葉を掛ける。だけど、それは正論だ。
バケモノとなってしまった以上、このまま人を殺して生き続けるのはただただ苦しい。そもそももうデボラさんとしての意識があるかも分からない。
自我もなく、大切な者さえも分からないまま手を掛けてしまうのは恐ろしいし、そのくらいならいっそのこと殺して欲しいと思う──少なくとも俺はそうだった。
暗い眼でデボラさんに銃を向ける。咎めるようにヘレナさんが此方を見たが、俺は銃を下ろさなかった。
「ヘレナさん……デボラさんを止めてあげなきゃ。ヘレナさんが止めなきゃ彼女は自分が一番やりたくない事をやっちゃうんだよ?」
それはきっとヘレナさんを殺すこと。
ヘレナさんがはっと目を見開く。けれどすぐに哀しげに歪んだ。分かってはいても簡単には割り切れない。
ヘレナさんを背中に庇いながら、背から伸びた爪の弱点を狙い撃った。何度も引き金を引き、着実にダメージを与える。途中までは良かったのだが、老朽化の進んだ足場は激しい戦闘に耐えきれず、再び崩壊した。
更に下層へと落下した俺はまたも受け身をとれずに叩きつけられる。とはいえ無傷なのだけども。
鈍い振動を続ける危うい建物をレオンさんと共に駆け抜ける。エイダさんとヘレナさんは違うところに落下してしまったようで近くにはいなかった。ひたすらに回廊を駆け降りて、トロッコに乗る女性陣と合流する。
トロッコに乗り込んで、ナツキはノロノロと座り込んだ。走りっぱなしで少々疲れた。ふう、と息をついた瞬間、トロッコに衝撃が走り、その反動で後頭部を打ち付ける。いてて、と頭を擦りながら顔を上げた。
「ひぃっ!?」
それを視界にとらえて、頭で考えるよりも先に横に転がった。いつの間にかトロッコにしがみついていたデボラさんの鋭い爪先がナツキがさっきいた場所を貫いている。避けるのが一秒遅かったら、串刺しにされているところだ。顔を青くしながらもナツキは銃を構えた。
全員で攻撃をして一旦は何とかデボラさんを退ける。が、別の問題が転がり込む。トロッコの線路が途中で途切れていた。坂道の運動エネルギーだけで走っているトロッコにブレーキはない。そのままのスピードでトロッコは勢い良くすっ飛んだ。
「うわあああ!?」
トロッコから放り出されて宙を舞う。視界に入った木の板を無我夢中で引っ付かんだ。
「いっ……!」
何とか自由落下を止めたものの、運悪く剥き出しになっていた釘に手を置いてしまった。ざくりと抉れた手のひらから血が流れ落ちて顔を汚す。
激痛に手が緩みかけたが、ギリギリのところで耐えた。ここで手を離したら奈落へとまっ逆さまだ。
──痛い。痛い……助けて、苦しいよ、ヘレナ……もう嫌なのに……。
不意に脳裏に響いた悲痛な声。それがデボラさんの声だとナツキは直感した。
B.O.W.同士共鳴したのかもしれない。理由はどうあれ啜り泣く彼女の声を無視することなど出来るわけがなかった。歯を食い縛り、自力で身体を引き上げる。
落下の衝撃と足場の悪さで動けないヘレナさんに鋭く尖った触手を出して近付こうとするデボラさんの腕を掴んだ。
「痛いよな、苦しいよな。家族を殺したらもっと辛くなる……だから、もう休もう?」
「……!」
通じるとは思っていなかった。
通じれば良いと願っていた。
デボラさんの目に光が宿り、無表情だった顔が哀しげに歪む。そして、自分の前に座り込むヘレナさんによろよろと歩み寄った。
「ヘレナ……」
伸ばされた手が絡み合うことはなかった。身体は傾き、宙に投げ出される。ヘレナさんが間一髪その腕を引き留めた。
「……もう泣かないわ……あなたの仇を取るまでは……だから……」
覚悟を決めたようにデボラさんを見つめて。
「許して……」
そして自らの意思で手を離した。
声は震えていたけれど、その瞳に涙はなかった。堪えるように眉間にシワを寄せて、もう姿の見えない暗がりをずっと見つめる。
もしかしたら心の中で泣いていたのかもしれない。
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