- ナノ -


開けた場所に来たタイミングでデボラさんの容態が悪化した。胸を押さえて苦しそうに呻いている。ヘレナさんが必死にその背を擦り、声をかけているがそれで治ったら苦労はしない。

ナツキもその隣に膝をつき、彼女を見た。その苦しさを少しでもナツキが変われたらいいのだけれど。

その時だ──

「うわっ!?」

突如彼女が発火した。驚いてナツキは尻餅をつき、ヘレナさんもレオンさんに引き離される。

みるみるうちにデボラさんの身体は変色し、どろどろと溶けて、助けを求めるようにヘレナさんに向けて手を伸ばした体勢で彼女は動かなくなった。

「駄目……こんなの嘘よ」

認めたくない。そんな心の声が聞こえてきそうな震えた声。だけど現実は非情だ。

硬化した身体が背中から割れて、映像と同じ様に皮膜を被った物が出てきた。無意識の内に銃に手が伸びる。もうあれはデボラさんではない、とナツキの直感が告げていた。

膜を被ったままデボラさんだったものが手を伸ばす。ヘレナさんもその手をとろうと腕をもたげた。が、その手を掴むことは出来なかった。

バシュ、と音がして、ナツキの耳元を長い棒状の物が横切り、デボラさんを撃ち抜いた。その勢いでデボラさんは吹き飛び、地面に縫い付けられる。

小さな悲鳴を上げてヘレナさんはデボラさんに駆け寄り、俺とレオンさんは振り返った。

赤いシャツの女の人。その手にはボウガンが握られている。さっきの攻撃は彼女の矢だったようだ。それよりも気になるのは女性の顔だ。先程の映像の女性と同じ顔がそこにある。

じゃあこの人が──

「エイダ!?」

「まるで化け物でも見るようね」

驚くレオンさんとは対照的に彼女──エイダさんは落ち着いていた。

「このっ!!」

変異したとはいえデボラさんを撃たれたヘレナさんは怒りを滲ませて、銃をエイダさんに突き付けた。銃口を向けられてもエイダさんは表情ひとつ動かさず、それどころか薄く笑みを浮かべている。雰囲気からしてこういう状況には慣れているのだろうけれど、肝が座りすぎではなかろうか。

ヘレナさんが突きつけていた銃を手で制し、レオンさんはエイダさんに問いかけた。

「エイダ……どういう事なんだ?」

「色々と複雑なの」

その"色々"とやらの内容を教えて欲しいのだが、というナツキの心のツッコミはさておいて頭上から地鳴りのような音が聞こえてきた。そして、その音はだんだんと近づいてきている。古い建物内で暴れすぎたのが祟ったらしい。

「どうする?まだ話を続ける?」

小首を傾げた可愛らしい問いかけには誰も答えなかった。話を聞きたいのは山々だが、ここで話を続けるのは無謀だ。一旦会話を切り上げて、逃げれそうな場所があるか見回した。

「長くは持ちそうにないわね。とりあえず下へ逃げましょうか」

誰に言うでもなく、エイダさんが呟く。と、同時にナツキの背後で何かが動いた気配がした。振り返ると同時に頬にとんでもない衝撃が叩きつけられる。

「ぶっ!?」

横っ面を張り倒されて、地面に打ち付けられた。あまりの痛みに目尻に涙が浮かぶ。赤く腫れているだろう頬を庇いながら、事態を確認した。

変異したデボラさんの背中から虫の足のような歪な形をした鋭い爪が三本飛び出している。ナツキの頬を張っ倒したのもアレだろう。徐々に痛みが引いていくのを感じつつ、ナツキはノロノロと身体を起こした。

ピシッ──

足元から響いた微かな音にナツキは顔をひきつらせた。そろそろと視線を下に落とす。靴の底からヒビが放射状に広がっている。

ヤバい。顔から血の気が失せるのを感じた。

「ぎゃあああああああ!?」

ガクンと陥没して、身体が重力に引っ張られる。浮遊感に絶叫し、死を覚悟した。

「う"!」

が、思いの外落下距離は短かった。当然受け身なんて取れる訳もなく、びたんと胸から落ちる。肺が収縮して一瞬息が詰まった。

「げほっ……いってぇ……」

怪我はないが普通に痛い。涙目になりながら、身体を起こすと黒いブーツの爪先が視界に入った。顔を上げるとエイダさんが手を差しのべてくれている。

「ふふ、大丈夫かしら?ウェスカーのお気に入りさん」

その手を掴んだ瞬間に言われた言葉に俺は目を丸くしてエイダさんの顔を見つめた。どうして俺がウェスカーと関係があることを知っているのだろう。お気に入りだったかどうかはさておいて。

「秘密」

聞きたいことは読まれていたらしく先回りされる。半分開きかけていた口をナツキは仕方なしに閉じた。

「……あの、それ……レオンさんたちに……」

「わかっているわ、心配しないで」

不安げな俺にエイダさんはクスクス笑いながら頷いた。



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