謎が謎を呼んで、理解しがたい事があろうとも三人には先に進む他道はなかった。また培養槽のある部屋に辿り着いた。今度は保管庫のようで先程よりも多い。青白く光る培養槽の中にはやはり黒ずんだ人間が収容されている。
レバーを引いて貨物エレベーターを動かして道を作って奥に進む。ゾンビも大量に押し寄せてきたが、三人で撃てば簡単に撃退できた。
白衣のゾンビが多いのはやはりここがウイルスの研究施設だったからだろう。地面に転がった白衣のゾンビの頭を踏み潰して、ナツキは嫌悪に顔を歪めた。
こんな気持ちになるのは俺自身が実験体だったからなんだと思う。
長い通路の向こう端から走ってくるシュリーカーの喉元にハンドガンを撃ち込んだ。ぱん、と膨らんだ喉が破裂して、シュリーカーは倒れた。が、広い施設だ。ゾンビは次から次へと湧いて、切りがない。
「ヘレナ!ナツキ!あそこまで走るぞ!」
レオンさんが通路の突き当たりのダストシュートを指し示す。道を塞ぐゾンビの脇をすり抜けて、一気にダストシュートまで駆けた。
一番先に着いたレオンさんがダストシュートの扉を開けて、二番手のヘレナさんが飛び込み、ナツキも続いて滑り込んだ。
「ってぇ!?」
どすんと着地点で尻餅をつく。痛むお尻を擦りながら、辺りを見回した。
「は?」
落ちた先はうって変わって薄暗い洞窟だ。見てくれは古びているが人の手は入っているようで、随所に配置された電球が辛うじて通路を照らしている。
鳥目な俺には中々の苦行だ。まあこれよりもっと真っ暗な坑道を歩いたこともあるけれど。あれよりはマシ、と言い聞かせてナツキは銃を構えた。
「いい加減に話したらどうだ。お前は何を隠している?」
「言っても……きっとあなたは信じてくれない……でも、あの子さえいれば……"あいつ"の企みを立証できるの」
「あの子ってさっき言ってたデボラさん?」
ナツキが尋ねるとヘレナさんは小さく頷いた。が、新たに出てきた"あいつ"とやらを教える気は無いらしく、ヘレナさんは閉口した。
「あの研究所……それにエイダ……」
「映像の人、知り合いって言ってたわよね。仲が良かったの?」
周囲を警戒しつつ、会話をしながら歩く。とはいえ、ナツキはほとんど二人の話を聞いているだけだが。
「さてな。お前が全部話すなら、引き換えに教えても良い」
「私だけ質問なんて、ムシが良すぎたわね……」
それだけ言って、二人とも口を閉ざす。ギクシャクした空気に包まれて、気まずさにナツキは身体を小さくした。二人の込み入った話を詳しく知らないナツキには仲を取り持って、雰囲気を和ませることも出来ない。
あぁ……クリスとシェバとの旅が恋しい。二人はこんなに険悪ではなかったし、居づらさなんてちっとも感じた事も無かったのに。
ひっそりと息を吐き出して、ナツキは二人の後ろを着いて歩いた。
◇
黙々と進むと広い空間に出てきた。その中央には淡い色のネグリジェを纏った少女が倒れている。あ、パンツが見えそ──と、今はそんな事を言っている場合ではないか。吸い寄せられそうになる視線を強引に遠ざけた。
「デボラ!」
少女の姿を確認したヘレナさんが脇目も振らずに駆け出して、少女を抱え起こした。
「デボラ!しっかりして!」
頬を撫でて声を掛ける。その呼び掛けに少女は薄く目を開けて、ヘレナさんを見つめた。何とか意識はあるらしい。
「……良かった!」
泣き出しそうになりながら、ヘレナさんは少女を抱き締めた。だが、ヘレナさんの安堵も長くは続かず、少女は苦しげに頭を押さえて呻く。
状態は良くなさそうだ。想像したくはないが、恐らくウイルスの人体実験をされたのだろう。ナツキは運良く自我を保ったまま適合しているが、大抵の人間は適合出来ずに暴走する。
この様子だと恐らく──最悪の予想を考えるのをやめて、ナツキは頭を振った。
「何が起こっている?どういう訳か話してくれ」
「まずはここから抜け出さないと……そのあと全てを話す……約束するわ」
事態の真実を問うレオンさんにヘレナさんは少女を背負いながら答える。それはどうにも納得するには程遠い回答だったが、レオンさんは諦めたようにため息をついた。
散々長引かされたのだし、今更少し伸びても大して変わらない。振り回されっぱなしのレオンさんには同情するが。
「ヘレナさんが戦えない分、俺がフォローするよ。だから安心してデボラさんを護ってて」
「……ありがとう、ナツキ」
うん。とにっこりと微笑む。つられるようにヘレナさんもほんのちょっぴり口角を上げてくれた。
少女を抱えて、とにかく先へと進んだ。どこが出口に繋がる道なのかさっぱり解らないが、ナツキ達は前へと突き進む。
木組みの通路は幾分脆そうだったが、存外丈夫で軋んだり、足場が抜けるような地獄もなかった。
「デボラ……聞こえる?もうすぐ家に帰れるからね……」
呻く少女を安心させようとしきりに声を掛けているヘレナさんを横目にナツキはぴたりと足を止めた。
吊り橋だ。まだ誰も渡っていないのにゆらゆらと揺れていて不安定だ。木の板の隙間も大きいし、横のロープは手摺というにはあまりにも頼りない。
これを渡れというのか……俺に。無茶だし、無理だし、谷底は暗くて見えないし……躓きでもしたら?想像するだけで吐きそうだ。
「ナツキ?どうした、行くぞ?」
「……あの、俺……吊り橋はちょっと……」
吊り橋前で石化したナツキにレオンさんが不思議そうな顔をする。置いていかれるのは嫌だけど、吊り橋を渡るのも嫌だ。顔をひきつらせたナツキに理由を察したレオンさんは「あぁ」と頷いた。
「俺が先行する。ナツキは後を着いてくるといい。真ん中を渡れば怖くないさ」
励ますようにぽんぽんと肩を叩かれる。優しさ百パーセントのレオンさんに心の中でほろりと涙が溢れた。
さあ行くぞ、というや否や脱兎の如く駆け出すレオンさん。そしてその衝撃で爆裂に揺れ動く吊り橋──前言撤回、全然優しくないわレオンさん。
それでも進まない訳にはいかず、ナツキは涙をちょちょ切らせながら吊り橋を駆け抜けた。全力疾走で渡ったお陰で吊り橋の揺れは感じずに済んだ。はちゃめちゃに疲れたが。
ほっとしたのもつかの間で、目の前には新たな吊り橋があってナツキはげっそりとする。吊り橋の度に全力疾走したせいで、そのエリアを通過し終えた頃には疲労困憊になっていた。
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