- ナノ -



教会の下とは思えない空間が地下には広がっていた。

鍵付きの鉄扉で封じられた牢獄のような小部屋が両サイドに並んでいる。扉にはノブはなく、どこかで操作して開ける電子式のようだ。扉の目線の高さには小さな小窓があり、中を確認できるようになっている。

「神様のご加護も期待できないな……自力で切り抜けるしかなさそうだ」

ぼそりと隣でレオンさんが呟いた。その言葉に反応してナツキは幾らか上にあるレオンさんの顔を見上げた。暗い表情をしていたが、ナツキの視線に気づくと力なく笑んだ。

こんな状況だし、暗くなるのも仕方ない。ナツキは苦笑を返してから、扉の小窓を背伸びして覗いてみた。

「げっ……」

狭い部屋でゾンビがふらふらと歩き回っている。電子ロックが掛かっているため、中から自力で出てくることはなさそうだが、一体ここで何をしていたのか。考えたくはない。

「パネルと扉の数字が連動しているらしい」

奥に進むための鉄格子の扉の上部に取り付けられたプレートを見上げながら、レオンさんが言った。確かに扉の上には"2"と掛かれたプレートがぶら下がっている。が、その右にもう二枚あっただろうプレートは剥がれてなくなっていた。

牢獄の小部屋にもそれぞれプレートが掛かっており、それぞれ番号が振られている。それも奥の扉と同じく所々剥がれて、数字がわからない状態だ。間違った、というか下手に入力するとゾンビ部屋の扉を開けてしまう、ということらしい。

なんて、面倒な。残弾も少ないし、避けれる戦闘は避けるに越したことはない。よくよく考えてから押すべきだな、なんて考えていたら背後で「押すわよー」とヘレナさんの声が。


「え」


戸惑うナツキを他所にぴぴっと入力されて開いた扉は今しがた覗いたゾンビ入りの部屋だ。待ってましたと言わんばかりに喉が発達したゾンビ──シュリーカーが飛び出してきた。

「ぎゃあああ!?」

「ぎゃああああああああ!!!!」

ナツキの悲鳴の上をいく、つんざくような悲鳴に耳を押さえた。とんでもなく喧しい。頭の中でがんがんと音が反響している。

「う、うるさぁい!!」

至近距離にあったぶよぶよの喉元に思い切り右ストレートを食らわせた。分厚い風船が割れるような感触と共にぐちゃりと喉が潰れて、シュリーカーが倒れる。

指先にべっとりとこびりついた得体の知れない粘液にげっそりとしながら、ズボンで拭いとった。最悪の気分である。これだから手で殴りたくなかったのに……。

「ヘレナさん!もうちょっと考えて入力してくださいよ……!」

ナツキの声を聞いているのかいないのか、ヘレナさんはまた違う番号をパネルに入力していた。もしやまた、と身構えたが、今度は上手く正解を押せていたらしく奥の鉄格子が開いた。

次の部屋も似たような小部屋の連なる部屋でプレートがぶら下がっている。さっきと違うのは奥に進むための鉄格子のプレートが全て剥がれており、番号の予想が難しくなっている。

我先に、と入力パネルに向かっていくヘレナさんを見送ってナツキは三つある牢獄の中を確認した。

一部屋目には科学者みたいなゾンビが一人。二部屋目には赤く目を光らせた怖い顔をしたゾンビが一人。三部屋目にはシュリーカーが突っ立っていた。どれも開けたくはない。

「……ヘレナ!"021"と入力してくれ!」

顎に手を当てて考え込んでいたレオンさんがそう指示を出した。わかったわ、と頷いてヘレナさんが番号を入力する。ぴぴ、と電子音がして、鉄格子が開いた。

「わ!開いた!レオンさんスゴいですね!」

一発で番号を当てたレオンさんを誉めると照れ臭そうに鼻先を擦り、一人大股で鉄格子に向かっていく。クリスとはまた違ったタイプで面白い。クスクスと笑いながら、ナツキはその背中を追いかけた。





くすんだ赤色の扉を蹴破って奥へと進んだ。その先は小さな部屋だった。壁が汚いのは相変わらずで、小さな椅子が剥き出しの電球の下に置かれていた。

ヘレナさんは椅子の傍で膝をつき、唇を戦慄かせる。

「待って……この場所、覚えてる!デボラが近くにいるはずだわ!」

ひとりごちるとヘレナさんはこちらには目もくれずに勝手に走り出した。

「「デボラ?」」

置き去りにされた二人は不思議そうに首をかしげて、言葉をシンクロさせる。恐らく人名だろうが、レオンさんも知らないらしい。それにヘレナさんのあの反応にも疑問は残るが、一人で先に行かせるわけにはいかない。急いで彼女の後を追いかけた。

「どうか無事でいて……」

あちこちを探し回るように進むヘレナさんに追い付くとそんな呟きが聞こえた。ここに来る前から訳ありっぽい感じだったが、想像以上にその"訳"とやらは重そうだ。問い詰めて理由を聞き出したいが、ヘレナさんの切羽詰まった表情を見るとそれも出来なかった。

L字の通路を走り抜けると、名前の解らぬ大小の精密機器が並んだ部屋に出た。部屋の中央には寝台があり、女の子が寝かされている。その顔を覗き、ヘレナさんは険しい顔をした。

「……違うわ。あの子じゃない。どこにいるのよ……!」

悲鳴にも似た声で叫びながら"デボラ"を求めて駆けずり回る。二人はただその後を追うのに手一杯だった。

幾つか部屋を経由したがそれでもヘレナさんが求める人影は見つからず、ゾンビばかりが寄ってくる。

「さっきから振り回されっぱなしだな。流石にうんざりだ。種明かしはいつになる?」

「今は時間がないの。お願いよレオン、もう少しだけ待って」

襲い掛かってきたゾンビを蹴散らして、レオンさんはやや語気を強めた。ここへ来てからずっと先走りっぱなしのヘレナさんには苛立ちを隠せなかったようだ。

が、ヘレナさんの悲痛そうな表情には何も言えずに押し黙る。そしてため息をひとつ。何だかんだレオンさんは優しい。強引に着いてきたナツキをゾンビが出る度戦えるのにわざわざ庇ってくれるし、随一安否確認をしてくれるし。

沈黙し気まずい雰囲気の中、改めて部屋を見回した。棚には効果の分からない小難しい名前の薬瓶が並べられ、書類は床に散らばり薄汚れている。それが嫌な記憶を掘り返して──

「……っ!」

つきん、と頭の奥が痛んで、米神を押さえた。

「どうした?大丈夫か?」

「あ……平気です。こういう部屋……好きじゃなくて」

「あぁ……好きな方がおかしいな」

本当の理由を言うわけにもいかず言葉を濁したが、レオンさんは気に止めることなく頷いていた。深く追及してこないレオンさんに内心で感謝する。

「行くか」

扉を進んだ先には培養槽が並んでいた。ガラスの向こうに人型をした何かが浮かんでいる。人の形はしているもののその表皮はどす黒く、堅そうだ。

考えたくはないが、ここでもあそこと同じような実験が繰り返されていたのだろう。

「これって……」

「三日前はこんなものなかった……」

ヘレナさんの呟きは以前にもここに来たことのあるような台詞で、あまりにも怪しすぎた。ナツキもレオンさんも思わず振り返ったが、ヘレナさんは視線には気づかず培養槽を眺めていた。

突き当たりのデスクには幾つかのパソコンが置かれており、モニターのひとつがノイズを映して耳障りな音を立てている。デスクに無造作に置かれていたビデオテープのラベルを確認したレオンさんがぼそりと何か言って、デッキに差し込んだ。

ノイズ画面からテープの映像に変わった。保存状況が良くなかったのか、映像はざらついていたが見れなくはない。

海鞘のような形をした何かが中央に映し出されている。大きさは丁度人が膝を抱えて丸くなったくらい、だろうか。暫く眺めているとそれは二つに割れて、中から膜を被った何かが突き出てきた。

「うわ……」

まるで蛹から孵るように、ぱちんと皮膜が破れて──人間が投げ出された。裸の女の人だ。あり得ない産まれ方をしたその女性は暫く咳き込んでいたが、やがてゆるゆると顔を上げた。

ショートカットの黒髪をした綺麗な女性。それから白衣を着た誰かの手が映った所で映像は途切れ、再びノイズ画面に戻る。

「これがお前の言う真実か……」

「違う」

責めるように睨まれて、ヘレナさんは首を振って否定した。

「どういうことなんだ、エイダ……」

「あんな生まれ方、人間じゃない……あなた"アレ"の知り合いなの?」

「まぁな」

あの映像の女性は"エイダ"さんという名前らしい。"アレ"と称された事に酷く不満そうにレオンさんは首を縦に振った。


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