- ナノ -



レオンさんとヘレナさん。二人と別れて十数分。地鳴りのような音を耳が捉えて、ナツキは顔を上げた。

マリア像の足元が上に上がり、祭壇が左右に動いて隠された通路が開く。前触れもなく開いた通路を人々が遠巻きに覗きこもうとしている。ナツキも気になって、立ち上がった。

てちゃり、てちゃ──隠し通路の奥から妙な音が聞こえてくる。何か水気の多い物を地面にぶつけるようなそんな音。暗がりの向こうから姿を現したのは身体中に穴の開いた腫瘍が幾つもついた化け物だ。得体の知れない生物の出現にナツキは後退する。

敵の攻撃手段がわからない以上、下手に近付くのは危険だ。ナツキよりも前にいた男がハンドガンでそいつ──レポティッツァに発砲した。

目標物は大きい。素人の狙撃でもどん、とレポティッツァに弾丸が命中する。──と、同時に身体中の穴から青白いガスが噴出した。

「うわっ!?ごほっ……」

想定外の攻撃にガスを吸い込んでしまって咳き込んだ。目も痛いし、気分も悪くなりそうな最悪な攻撃手段を持つ敵だ。B.O.W.としてはある意味成功ともいえるけれど。

レポティッツァを撃った男がガスの衝撃で階段を転がり落ちた。慌てて助け起こしたが、男は顔を押さえたまま呻いている。

「げほ、……大丈夫ですか!?」

声を掛けても反応がない。もしかしてあのガスに皮膚を溶かすような成分でもあったのかもしれない。もしそうなら急いで治療をしないと大変なことになる。

「どこか痛みま──っ!?」

もう一度声をかけようとした瞬間、男が顔から手を離した。顔面の皮膚は爛れたように腐り、血が腐り落ちた皮膚の隙間から流れて首筋を滴り落ちる。手の下の変わりようにナツキは絶句し、男を突き飛ばした。

がつん、と階段の縁に身体をぶつけても男は呻き一つ上げずに、ずるずると身体を引きずり此方に手を伸ばしてくる。瞬く間に腐敗した指先が床板を引っ掻いて、嫌な音を立てた。

「「きゃあああああああああああ!!!?」」

ほんの数秒の出来事に思考停止していた人々が我に返り、一瞬にして教会内はパニックに包まれる。銃を持っている人もいるにはいるが、戦えない人の方が多いこの状況で敵の出現はかなり不味い。

どうすべきだ、と無い頭を必死に回転させるも自分が囮になるくらいしか考え付かない。こんな時にレオンさんとヘレナさんは一体どこに、と思っていたら上階から降ってきた。

「あいつに近づくな!ガスを吸うとゾンビになるぞ!」

「あ、はい……」

もう俺ガス吸い込んじゃったんですけど、とはとても言えない雰囲気で、胸の中にしまいこんだ。

周囲の人々がガスに巻かれてゾンビに変貌していく。ガスを吸って無事なのはナツキ以外にはいないようだ。それはやはりウロボロスウイルスによるものなのだろう。

「どうすれば……」

「離れて撃つしかない」

近付いて撃てばガスに巻き込まれる。それを避けるために十分に距離をとってスナイパーライフルでレオンさんが狙撃する。──が、如何せん硬い上に撃てば撃つほどガスが噴出し、空間に充満した。

「レオンさん!俺も戦いますっ!」

武器がないとはいえ、守られているだけが嫌でナツキは物陰から飛び出し、レポティッツァに向かって駆け出す。背後でレオンさんの止める声が聞こえたけれど、聞こえないふりをした。

ぶよぶよとした肥満体のお腹は気持ち悪い。動きは素早いけれど、ガスの攻撃が効かなければそこまで怖くはない。掴もうとしてきた腕を屈んで避け、足払いをする。

重い身体が落ち込み、レポティッツァが尻餅をついた。その衝撃でぼふん、とガスが出たが、視界が悪くなったくらいで身体に変調はない。動きを止めることなく、蹴りやすい位置になったレポティッツァの頭部を蹴り飛ばした。

「えいっ!!」

掛け声は間抜けだったがその威力は抜群で、レポティッツァの頭がもげ、教会の柱に当たって砕ける。頭部を失ったレポティッツァはどさりと倒れて動かなくなった。

完全に動かなくなるのを確認してから、ふう、と息を吐き出す。そこでようやっと自分が血塗れになっている事に気がついた。

僅かに残った生存者がまるで恐ろしいものを見るかのように、恐怖を滲ませた顔で身を寄せあっている。その反応にちくりと心に針を刺されたような痛みが走った。

「大丈夫か!?怪我は?気分は悪くないか?」

「平気です」

矢継ぎ早に質問を重ねられて、ナツキは苦笑する。駆け寄ってくれたレオンさんと違ってヘレナさんは若干距離をとっていた。もしかしなくともナツキがゾンビになると思っているのだろう。露骨な反応に眉を下げて「本当に大丈夫ですよ」と言ったが、ヘレナさんはあまり納得していないようだった。

そんな会話の後、「あの……」と話を切り出す。

「お願いがあるんです!俺も一緒に連れてってくれませんか!?」

どうしても二人に着いて行きたかった。確かにここで救助がくるのを待っているのが一番安全だとわかってはいるけれど、奇異の視線に晒されるのは嫌だ。

「ダメだ。この先は何があるかわからない以上、民間人を連れてはいけない」

「自分の命は自分で守れます!だから、お願いします!」

拒否されても強引に食い下がり、床に転がっていたハンドガンを拾い上げる。さっきレポティッツァに真っ先にゾンビにされた男の物だ。

「……銃だって扱えます」

銃を胸の前で握りしめて、レオンさんを真剣な眼差しで見つめる。

「……危険だぞ?それでもいいのか?」

「はい!死線は何度も潜り抜けたことあるんで!」

ため息まじりの問いかけはナツキの同行を許可する物で、ナツキはぱっと顔を明るくした。ヘレナさんはナツキが同行することにあまり賛成はしていない様子だったが、何も言ってこないあたりどうでもいいのだろう。

「じゃあ、行こう」

レオンさんを先頭に先程開いた祭壇の階段を降りた。

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