- ナノ -


side:Lobo



こういう仕事をしていると定期検診は欠かせない。知らず知らずのうちに感染していた、なんて事の無いように通常の定期検診と任務後の検診、と頻繁に医療部門に足を運ばされる。面倒だが、自分の身のためにも検査は必要なため仕方なしにロボ──ジョン・パールマンはリノリウムの床を気だるげに踏みしめていた。

何度も受けたことのある検査だ。何も迷うこともない。にも関わらず、ジョンは足を止めた。

「いつまであんな危険物放し飼いにしてんだろうな、上層部は……」

「寧ろクリスさんだろ。あれを養子にしたってんだから……」

「本当にな」

白衣の男たちが話しているその傍のガラス張りの向こうに幼い顔立ちの赤茶髪の青年が薄手の青い検査着を纏い、仰々しい検査器具を付けられて椅子に座っていた。どこか不安げに周りを取り囲む防護服の科学者を見上げて何か話している。

あぁ、彼が。

クリスと戦友であるジョンは彼の事は幾らか聞いていた。どえらく親バカを発揮されて、笑顔が可愛いだの、銃の腕は誰よりも凄いだの、とにかく耳にタコが出来るくらいには。

しかし、クリスの思いとは裏腹にBSAA内の彼への対応は冷ややかだ。人と違うだけで人は人を迫害する。彼がどれだけ心優しい青年であろうと。

世知辛い世の中だ。やれやれ、とため息をついて、ジョンは検査室に入室した。


一通りの検査を終えて、ジョンは首をごきりと回した。歳を取るとそこかしこが凝って仕方ない。

「あぁ、問題ない。帰って良いぞ」

「おう」

肩を自分で揉みながら、検査室を出た。一応結果が出るまでは外出は禁止されているため、今日はそのまま寮に帰るだけだ。

あぁかったるい。そんな事を思いつつ、また数センチ程伸びた髭を擦った。ふと検査室の前のベンチに誰かが座っているのに気が付く。検査着を来た赤茶髪が座っていた。俯いて手元のデバイスを弄っている。

「よう、坊主」

声をかけて隣に腰掛けると、彼は顔を上げてジョンの顔をまじまじと見つめた。
ひげだんしゃく……。小さな声で呟かれたその言葉には思わず笑ってしまった。確かに髭は米神から顎先まで草むらのように茂っているとはいえ、まさかそんな風に呼ばれるとは。

「誰が髭男爵だぁ?」

「わぁ!ご、ごめんなさい〜!!」

わしゃわしゃと乱暴に頭を掻き回してやると彼は小さな悲鳴を上げて、謝罪をした。

「ったく。謝るくらいなら言うな」

「立派な髭だったもんで、つい」

つい。で初対面の俺の顔を見て髭男爵とは。怖いもの知らずなのか、ただの馬鹿なのか。どちらにせよクリスの息子だけあって将来有望そうだ。

彼はへにゃりと笑いながら、俺の顔を見上げた。このちょっぴり情けない笑顔がクリスの言っていたアレらしい。可愛いか可愛くないかで言えば、間違いなく前者ではあるが、これだけは言える。絶対に約三十分熱弁するほどではない。

「おじさん、良い人だなって思って」

「はぁ?」

「偏見なしに話しかけてくれたから」

「…………」

何を突然、と思ったが、続けて発された言葉にジョンは黙る。彼は困ったように笑って俯き、沈黙から逃げるように指先を絡めていた。

行き掛けに聞こえた彼への陰口。あんなのは序の口に過ぎないのだろう。ジョンは見たことはないが、きっともっと酷いに違いない。

「クリスには相談しないのか?」

「しないよ……俺がB.O.W.で正真正銘の化け物なのは本当だもん。ここに居られるだけで充分」

「……、」

「それにね。ちゃんと俺を見てくれる人がいるから、俺は平気だよ」

あまりにも健気すぎて、ジョンは言葉を失った。儚げに笑う彼の何処がバケモノだ。彼は、ナツキは、ここにいる誰よりも人らしいじゃないか。

「おじさんも、ありがとう」

「おじさんじゃねぇ、ジョンだ!」

「いだぁああーーーー!?何で殴るの!?」

「俺はまだそんな歳じゃねぇ!!」

だが、俺をおじさんと呼ぶのはダメだ。






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