- ナノ -


side:Tundra



彼と出会ったのは人の多い食堂だった。
潜入調査が多いタンドラ──エミリー・ベルコフは滅多に組織の食堂には行かないのだが、今日はたまたま時間が合い、そこで昼食を取ることにした。時間も丁度昼時で食堂には様々な部署の職員がお喋りをしながら、食事を楽しんでいる。

エミリーも昼食をとるため、カウンターへ向かった。幾つかのメニューがあり、好きなものを選べるようになっているのだが、大抵人気のメニューはすぐ無くなる。美味しい物が残っていればいいけれど、と今日のメニュー表を一瞥して、列に並ぶ。

「──お前はそれな」

不意に前がざわめく。ぼうっと遠くを眺めていたエミリーは意識をそちらに向けた。背の低い赤毛の青年の周りを人相の悪い実働部隊のがたいのいい男達が取り囲んでいる。彼らを見て職員達も声のトーンを落としてひそひそ話を始めた。

一体、何?とエミリーは眉を潜めて、成り行きを見守る。

赤毛の青年の手元にサラダばかりが押し付けられて、彼のメインディッシュは男達がかっさらっていった。後に残された青年は困ったように笑って、サラダだけのトレイを持って食堂の隅の方に歩いていった。

なんて悪質で子供じみた嫌がらせだ。不快感で気分が悪くなる。

「アイツB.O.W.なんだってさ」

「マジかよ。あれが?」

「近づいたら感染するかもな」

マジ笑えねぇじゃん。そんな事を言い合いながら、職員が隣を通りすぎていく。

そういう青年がBSAAに入った、という噂はエミリーも聞いている。彼の加入時には一悶着あったらしいが、創設者複数の後押しもあり、BSAA上層部は渋々彼の加入を許可したとか。上層部が彼をこうして自由にしているのは感染も暴走の危険性もないからだというのに、ここの職員ときたら──

一通りのサイドメニューを取り、それからメインディッシュ。肉の香ばしい匂いが食欲をそそる。それらを持って、エミリーは彼が向かったであろう食堂奥に爪先を向けた。

「……」

食堂はほぼ満席に近いのに、彼の座るテーブルには誰もいない。一人きりで隅に座る彼はどこか淋しげにサラダを頬張っていた。

意を決して、エミリーはその正面の席にトレイを置く。青年が驚いたように顔を上げた。赤茶色の目がエミリーを写して、すぐに俯く。心外だが、先程の男達と同じだと思われたのかもしれない。内心でため息をついて、エミリーは自分のトレイに乗っていたメインディッシュの皿を彼のトレイに置いてやった。

「え、」

「食欲ないの、そっちのサラダひとつくれない?」

実際、目の前であんなものを見せられて食欲は失せた。

「あ、え、あ、はい、どうぞ……」

面食らったように動きを止めたが、すぐに意味を理解したのかあたふたとしてサラダの皿を掴むとおずおずと差し出してきた。サラダを受け取り「ありがとう」と礼を言う。

「こちらこそ……ありがとう、ございます」

そう言って彼は笑顔を溢して、私の置いた皿を手前に引き寄せる。そして「いただきますね」とわざわざ断りを入れて、どこか申し訳なさそうにメインディッシュのチキンにナイフを這わせた。

「あんなやつら、ぶっ飛ばしてやればいいのに」

周囲の好奇の視線にエミリーはギロリと睨みを効かせて蹴散らして、サラダを頬張る。もしエミリー自身が彼と同じ状況に置かれたら、間違いなく殴り飛ばすか、言い負かすまで相手を罵倒している筈だ。

「それは流石に、立場悪くなるんで……」

そうだった。B.O.W.として監視されている彼が他の職員に手を上げたとなれば、上層部は間違いなく彼を科学部門送りにする。ただでさえ珍しいウイルス適合体だ。もしそうなったらBSAAは彼が死ぬまで檻の中に入れて、人体実験を繰り返すだろう。

(それを分かっているから、アイツらも……)

気に入らない。ふん、とエミリーは鼻を鳴らす。元々警察機関に所属していたエミリーはそういう弱者をいたぶる輩が大嫌いだ。正義感に熱い訳ではないが、彼を放っておけなかった。

「アイツらが我慢できなくなったら私を頼りなさい。いいわね」

彼の味方をする。
そう決めるのに迷いはなかった。




prev mokuji next