side:Canain
彼とは犬舎で会った。
細菌兵器の捜索に犬が使用されることも少なくなく、BSAAでも複数の犬を飼育している。ハンドラーであるケイナイン──チャーリー・グラハムは犬舎に良く顔を出していた。
犬の躾は勿論、犬舎の掃除、その他諸々──やることは多いが自他と共に認める犬好きであるチャーリーには全く苦痛ではない。
今日もいつも通り犬舎に顔を出すと様子がおかしい。同僚の男達が部屋の隅でヒソヒソと話していて、チャーリーは挨拶ついでにどうしたんだ、と声をかけた。
「あぁ、チャーリー。いや、あれだよ……例の……」
「あいつ、また来たんだよ。本当に嫌だよな……」
例の?あいつ?首を傾げていると、ほら、と指を指される。
犬舎の奥にその男はいた。犬の檻の前で座り込み、犬を触りたいのか手を伸ばしている。調教された犬だ。誰が呼んでも来るように躾されている。その筈なのに不思議なことに犬達は怯えたように檻の奥で小さくなったり、男に向かって唸っていた。
「あいつ誰なんだ?」
「何だ?知らないのか?」
「あれちょっと前にクリスさんが連れてきたっていう──」
生体兵器。彼が。
教えてもらってチャーリーは再度彼を見た。未だに犬を眺めている。哀愁すら漂わせるその背中は生体兵器にはとても見えなかった。
「名前って知ってるか?」
「え?確か──ナツキ……だったっけか?」
「あーそんな感じだったかな……はっきりとは知らねぇよ」
ナツキ、ナツキね。心の中で復唱して、チャーリーは幼子のような小さな背中に近づいた。おい、と同僚が止めるのも気にせず、その隣に座って犬達に"Come"と合図する。
「あ……」
「Come……っかしぃなぁ……コイツら誰に対してもなつこい筈なんだけど」
何度か呼ぶと何匹かはおどおどとしながらもチャーリーの元に寄ってきた。その頭を鉄格子の隙間から手を入れて撫でてやる。
「よしよし、ほら……お前も撫でてみろよ」
ほら、とナツキに促す。戸惑いがちにナツキが手を伸ばした。が、犬はナツキの手から逃げるように退き、檻の奥へ逃げた。
やはり動物は人間よりも異質さを繊細に感じ取ってしまうのだろう。予定通りにいかず、あちゃーと髪をかき上げ、どうしたものかと悩む。
「……やっぱり、俺……嫌われてるから……」
「そんなことないって!……そうだ!ちょっと待ってな……」
顔に暗い影を落とすナツキを励ましつつ、チャーリーはいそいそと餌置き場から取って置きを取り出した。犬用のおやつ、ジャーキーだ。基本的に躾の時くらいにしか使わない物だが、この際気にするまい。
「ほら」
ナツキの手にジャーキーを握らせる。犬達はただ怖がってるだけだ。慣れればきっとナツキにも触らせてくれるようになる。
「で、呼んでみろ」
「か、Come……」
おずおずとジャーキーを見せながら、ナツキが合図した。数匹が様子を窺いながらもジャーキーに釣られてじりじりと近づいてくる。そして、ようやっと一匹がジャーキーにかじりつく。犬はジャーキーを貪り、最後はペロペロと指先を舐める。
「へへ、かわいい」
それだけでナツキは顔をへにゃりと緩めていた。そのままの流れで頭を撫でようとしたが、犬はするりと手元をすり抜けて奥へ引っ込んだ。撫でるのはまだ難しいらしい。
「……ぁー……」
「ははっ!懲りずにまた来いよ。その内コイツらも懐いてくれるさ」
笑顔から一変、しょぼくれた顔するナツキに思わず声を出して笑いつつ、その肩を叩く。
「俺が居るときなら、お前と犬の仲を取り持ってやるよ」
「いいの?」
「勿論。いつでも来いよ。他の奴らの事なんか気にすんな」
「ありがとう」
屈託なく笑うナツキを見て、チャーリーは口角を上げる。こんな穏やかに笑うナツキより、後ろ指さす陰湿な奴の方がよっぽど生体兵器だ。
「俺はチャーリー・グラハム。お前は?」
「俺はナツキ・レッドフィールド」
よろしくな、と握手を求めると、ナツキははにかみながら握り返してきた。
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