- ナノ -


side:Night Howl


あの男とは射撃訓練場で出会った。
夜も遅く、誰もいない訓練所で銃を構える姿が印象的だった。赤毛、赤みを帯びた瞳──その人相から男がBSAA内で専ら噂になっている人物だとすぐに気付いた。実際に顔を見たのは初めてだが。

ナツキ・レッドフィールド。

BSAAの創始者であるオリジナルイレブンの一人、クリス・レッドフィールドの息子。息子、とはいえど血は繋がっていない。書類上の繋がりだ。

それに、ナツキは普通の人間ではない。数年前にアフリカで起こったバイオテロで使用されたウイルス──ウロボロスウイルスに適合した人間だ。つまりB.O.W.。そんな奴がクリスの息子だっていうのがナイトハウル──ディオン・ウィルソンにとっては信じられなかった。

数々のバイオテロを潜り抜け、検挙した尊敬する上司の息子がB.O.W.だなんて、とんだブラックジョークだ。全く笑えない。手っ取り早く言えば、ディオンはナツキが嫌いだった。

だから、銃声が響く訓練場内でナツキを見つけた時、踵を返そうとしたのだが、邪心が湧いて踏みとどまる。どれ程の技量なのか見てやろう。下手だったら明日の酒の肴にはなる。そんな、下卑た心でナツキを眺めた。

存外綺麗なフォームだ──内心で素直に感心した。所詮、とナツキを過小評価していた事を改める。眼鏡のブリッジを上げながら、ナツキの観察を続けた。

(義手、なのか……)

鈍く光っている右腕に少し驚いた。普段は長袖に隠されていて知らなかった。

タァン──

渇いた銃声が響く。続け様に二発、三発と続いた。さて、どんな物か。視線を向こう側のターゲットを見て目を見開いた。

「……!」

人形のターゲットの頭、喉、心臓部のほぼど真ん中に穴が開いている。ディオンの想像を遥かに越えていた。そんじょそこらの隊員よりずっと上手い。

「よし!完璧!」

一人なのにガッツポーズをして、嬉しそうに破顔している。本当にB.O.W.なのかと思うほどに幼くて、人間らしい表情。屈強な男でもないし、B.O.W.なんて言われなければきっとわからないだろう。

跳ねて喜ぶその様子を見ていたら、不意にナツキが振り返った。赤茶の双眼がディオンを映し、萎むように上げていた腕を下ろし、おどおどと視線をさ迷わせる。

「ぁ……え、と……ご、ごめんなさい。煩くして……もう、出ますので……」

まだ練習するつもりだったろうに、いそいそと使っていた銃と散らかしていたマガジンをかき集めて出ていこうとする。ディオンはすかさず、隣を通りすぎようとした腕を掴んでいた。

「わ……!」

まさか掴まれると思っていなかったらしく、ナツキは目を丸くする。手元から溢れたマガジンがカラカラと音を立てて、床を滑った。

ナツキが何故そんな風に逃げ帰ろうとしたのかは知っている。B.O.W.。化け物。人と違う。それだけでBSAA内でナツキは腫れ物の様に扱われていた。廊下を歩けば聞こえる罵倒。嫌悪の目。ナツキが人の目を避けるようになるのは自然な事だった。

「練習したいならすればいいだろう」

「え、あ……」

「別にお前がいたくらい。俺は気にしてない」

「……うん!」

その言葉が嬉しかったのか、ナツキは笑顔を浮かべて大きく首を縦に動かした。ひょこひょことご機嫌な足取りで元の台に戻り、再び銃を構えだす。

ナツキが落っことしていたマガジンを拾い上げて、ディオンはその横に立った。足元に大量の薬莢が落ちていることに気づく。

「お前……一体何時間練習してるんだ?」

「え……?えーっと……今日はまだ三時間くらい?」

「は?」

「俺……義手だから、人一倍練習しないといけなくて……」

思わず、言葉を失った。ナツキは困ったように笑って頬を掻く。あの腕でまだ練習しないと、と言うのか。

「皆に認められるには……もっと上手くならないと、いけないから」

周りの噂に流されて一度もナツキ自身を見ていなかった事をディオンは恥じた。ナツキは誰よりも人間らしく、誰よりも仲間思いで努力家だ。そんなナツキをバカに出来る訳がない。

「……そうか」

「うん。それで、今度はスナイパーライフルも練習しようと思ってるんだ!」

「なら知り合いにベテランスナイパーがいる。俺が声かけて訓練つけてもらえるようにしてやるよ」

いつの間にかナツキへの嫌悪は消えて、気がつけば協力的な言葉を口にしていた。こんな奴がクリス隊長の息子だなんて、と思っていたがそれは間違いだった。ナツキは正しくクリス隊長の息子だ。

「本当!?」

笑うナツキに、ディオンも釣られて笑みを浮かべていた。




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