- ナノ -


二人の放ったマグナム弾が雌雄を決した。再生能力が限界に達したミランダは荒い呼吸をしながら、必死に叫ぶ。

「私の娘……!私のエヴァ!!」

天に伸ばされかけた手は何も掴むことなく落ち、そして全身は白銅色に色を変えて動きを止める。ミランダは最期まで喪った子を求めていた。それは歪ながらも確かに親子の愛を感じさせて、何とも言えない気持ちになる。

「……ミランダの撃破を確認。今から退避する」

ミランダが粉々に砕け散るのを見届け、ナツキは呼吸を整えながら、仲間に向けて通信をする。祭祀場を覆っていた菌糸もミランダが死んだことで形を保てなくなったのだろう。白く崩れて、その向こうに青空が見えた。

夜明けの眩しさに目を細める。

「イーサン?」

ミランダが崩れた跡から出てきたローズを抱き上げていたイーサンが不意に膝をつく。項垂れ、だらりと垂れ下がった右腕に嫌な予感がして駆け寄って肩を揺すった。

「イーサン!しっかりして!」

気配が薄い。死んだ気配がより、感じられなくなっている。肩に触れて気がついた。右腕が砕けている。袖口からはらはらと溢れ落ちる白い欠片に瞠目した。

カビがイーサンの身体を形成出来なくなっている──。

無理をし過ぎたのだ。ローズを取り戻すためにイーサンはずっと頑張り続けていた。でも、休めばきっと大丈夫なはず。そう信じて、ナツキはイーサンの身体に腕を回した。

地響きが聞こえて、ハッとする。ミランダの制御を失った菌根がこちらに迫っているのが見えた。チカチカと赤い爆弾のランプが点滅している。爆弾はついたままだ。

「イーサン!ナツキ!」

「クリス!手伝って!イーサンが……」

駆け寄ってきたクリスもイーサンの身体を支える。半ば引き摺るようにイーサンを連れて、祭祀場を後にした。

「足を止めるな。ヤツには村ごと吹き飛ばせる爆弾が仕込んである」

これを見ろ──クリスが筒状の爆弾のスイッチをイーサンに見せる。

「今、起爆すれば俺達も終わりだ。しっかりしろ」

「そうだ、イーサン。ミアさんも生きてるんだよ!」

参道に続く石橋の途中で、突然イーサンは足を止めた。

「……イーサン?」

「ミア……許してくれ……愛してる……」

イーサンはぼそりと呟くとクリスの腕にローズを押し付けて、徐に着ていたコートを脱ぐとそっとローズに掛けた。そしてN2爆弾のスイッチをクリスの手から奪い取るとナツキ達から数歩距離を取る。

「イーサン!なに考えて……!」

「ナツキ……俺の代わりにローズを守ってやってくれ……」

「何言ってんだよ……イーサン!一緒に帰るんだろ!?」

詰め寄った俺の肩にイーサンは腕を回して、荒い息をしながらゆるゆると笑った。その顔は覚悟を決めていて、嫌な結末を想像させる。

「お前なら……信じられる」

どこにそんな力を残していたのか、どん、と強く肩を突き飛ばされ、次の瞬間には目の前に太い菌糸が横切った。行く手を阻むように蠢く菌糸をナイフで乱暴に殴り付ける。

「くそ!何で、何で……!!」

傷ひとつすら付かない。諦めるな。何とかしてイーサンを助けなくちゃ。何度も何度も切りつけた。だが、意味はない。
そうしている内にも菌根はすぐそばまで迫り来ている。絡み合う菌糸の合間からイーサンが見えた。

そんな──

「イーサン!」

そんな泣きそうな顔するなら、俺達と──

ナツキ達に背を向けて歩き出すイーサンの名前を必死で叫ぶ。伸ばしかけた手をクリスが掴み、引き留める。

「危険だ!下がれナツキ!もう……」

「でも、イーサンが……!」

まるであの時の俺のようだ。
12年前の、ウェスカーを止めるために溶岩に飛び込んだ、あの時と何も変わらない。クリスもシェバも今の俺と同じ気持ちだったんだろう──なんて酷い奴だったんだ、俺は。同じ立場になってやっと気が付いた。

置いていくのも辛くて悲しかったけれど、置いていかれるのはその数倍苦しいなんて。胸が張り裂けそうなくらい痛い。
どうして、こうなってしまったんだろう。もっとこうしてれば、あぁしてれば、なんて遅すぎる後悔を繰り返して。離れていくイーサンの後ろ姿に歯噛みする。

「……ナツキ、逃げるぞ」

「…………うん、」

肩を叩かれて、ナツキは重い足取りで踵を返し、クリスの後を追う。


──Goodbye Rosemary……


去り際に聞こえた言葉に俺は涙を堪えきれなかった。

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