菌糸の這う岩洞を進む。冷えて湿気の多い空気を吸い込んだ。足元に溜まった水が跳ねる。
『ミランダがミアに化けてたなら、本物のミアは?』
『生かしておく理由もないだろうな』
ケイナインを皮切りに仲間が話し出す。作戦中、通信は繋ぎっぱなしだから、基本的に会話は全部筒抜けだ。
『だが分からないな。ミランダはどうやってローズの事を知った?』
『菌目当ての"お友達"から?』
「さっきナイトハウルが言ってたけどこっちが原種なら、ミランダが"コネクション"に胚を提供したのは確実でしょ。それなら──」
「後で調べれば分かる。作戦に集中しろ」
「あー……と、ごめん」
気になる会話に割り込んで話そうとしたら、クリスに注意されて押し黙る。作戦中についつい会話に花を咲かせてしまうのはハウンドウルフ隊の悪いところだ。それだけ仲が良いって事だけど。
洞穴の先に赤く脈打つものを見つけた。
「こちらアルファ。菌根を発見した」
壁に根を張り、宙に浮かぶそれはまるで子宮に浮かぶ赤子のようだった。どくりどくりと脈打ち、月明かりに照らされて赤黒くてらてらと不気味に光っている。これが全ての元凶である菌根だ。
クリスがサイドバックから予め用意していた爆弾を取り出して菌根に投げつけた。
「N2爆弾を設置。この村ごと軽く吹き飛ばせる」
『すぐに離脱して起爆を』
「ミランダがまだだ。今度こそケリをつける。俺達はこのまま進む」
『了解。待機する』
今のところ菌根が動く気配はない。気味の悪いそれを見上げて、ナツキは身を震わせる。
『隊長、祭祀場にミランダを確認した』
「監視を続けろ。俺が指示するまで手は出すな」
儀式の開始までもう時間は無さそうだ。アンバーアイズからの報告を聞いて、ナツキは顔をしかめる。
『今さら言ったところで遅いが……イーサンには全て話すべきだったな』
「時間がなかった。移送中にミランダが蘇生するとは……」
『だとしても、話すべきだったと思うぜ』
「そうだな……」
話していたら、こんなことにはならなかったろうか。そんな"もしも"の事を考えても意味はないけれど。
菌根の奥にあった階段を上がり、道沿いに進むと古びた一室を見つけた。積み重なる資料や本、テーブルに並ぶたくさんの薬瓶。壁に貼られた写真。それらが間接照明の小さな光に照らされている。どうやらここはミランダの研究室のようだ。
「研究資料の収集を頼む」
「了解」
部屋の端から机に散らばった研究資料に素早く目を通し、重要な物だけをピックアップしてデバイスに保存する。机の書類を確認していると、とある名に目が止まった。
オズウェル・E・スペンサー──
ただの手紙だと目を滑らせかけたが、まさかだった。
「アルファ、これ……」
別の箇所を調べていたクリスを呼び寄せて、その手紙を見せる。手紙を最後まで読んだクリスの眉間にシワが寄った。
「スペンサーが……村に?馬鹿な……」
「全部、繋がってたんだね……」
ベイカー邸の事件はここに繋がっているのは予想していたが、スペンサーは予想外だった。アンブレラの原点もここと交わっていたのだ。
ミランダさえ居なければ──そんな想像をして、ナツキは目を伏せた。
「…………収集、続けるね」
顔を反らして、逃げるようにクリスの側から離れた。多分クリスは俺がそんなネガティブな想像をしているとは微塵にも思っていないだろう。床に散らばる書類を拾い上げ、上の空でデバイスに記録していく。
ミランダが居なければ、スペンサーもアンブレラを立ち上げなかったんじゃないか、ウェスカーは生まれなかったんじゃないか、俺は──
ダァン──
「!?」
突然響いた銃声に驚き、肩が跳ねる。取り落とし掛けたデバイスを済んでのところで掴み、振り返った。部屋の奥に牢の鍵をクリスが銃で撃ち抜いたらしい。
硝煙が立ち上がる銃を構えて、クリスが牢の中に入った。すぐに聞こえた打撃音に、ナツキは慌てて銃を握り、牢に駆け寄る。鉄格子の隙間に見えた女性のシルエット。
「アンバーアイズ!ミランダは今どこにいる?」
『まだ祭祀場だ。何かの準備をしている模様』
クリスが怒鳴るようにアンバーアイズに通信すると、すぐに返答がくる。何故今、ミランダ?と疑問に思ったが、牢の中を覗いて合点がいった。
「驚いた……本物なんだな」
「え!?ミアさん、生きてたの!?」
俺自身はミランダが化けたミアさんしか見たことが無かったが、目の前にいるのは正真正銘本物のミアさんらしい。正直、ナイトハウルと同意見だったから驚きを隠せない。色々検査はされた、と言っているが生きていて本当に良かった。
『ミアと言ったか?ミア・ウィンターズ?』
「あぁ本人だ。そっちの状況は?」
『さながら戦争だが、なんとかなりそうだ』
上は上で敵性B.O.W.との戦闘が続いているようだ。後少し耐えて貰わなければならないが、皆精鋭だ。そこは大丈夫だろう。
「任務を優先しろ。俺達はこれから祭祀場へと向かう」
「待って!ここに置いていくつもり?約束した筈でしょ!私達のことを守るって!」
そのまま行こうとしたクリスをミアが呼び止めた。指を指し、クリスに詰め寄る。
「全てあなたの言う通りにした。こっちに引っ越したのだって……家族と一緒なら……それでいいと思ったから!ねぇ答えて。夫は……今どこにいるの?私の娘はどこ?」
ミアの叫びにナツキは無言で目を反らした。一時はミアが生きていることに喜んだが、イーサンは──。守ると言っておきながら、ナツキたちは何一つ守れていない。
「イーサンは……いない」
クリスが絞り出すように答えた。
「救えなかった。だが、ローズは生きてる」
地鳴りと共に天井から砂ぼこりが落ちてくる。上を見上げると木製の骨組みにヒビが入っていた。
「アルファ。ここはもう危険だよ。逃げないと……」
古い研究室だ。簡単な揺れや衝撃で壊れてもおかしくはない。脱出すべきだ、と促したがミアはナツキの台詞に被せるようにクリスを問い詰めていた。
「いないって、どういうこと?」
「死んだ」
苦々しげに、クリスは答えた。
「残念だが今は逃げるんだ。この村を爆破しないと」
「ダメ!違うわ。隠し通しておきたかったけど……あなたは彼が特別だって事を知らないの」
次に続いたミアの言葉に、ナツキとクリスは戸惑いを隠せなかった。
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