side:Chris
今まで様々な状況に出くわしたが、目の前で起こった出来事をクリスは瞬時に理解することが出来なかった。ナツキが空を舞うようにヘリの外へ飛び出していったのをクリスはただ見つめていた。
落ちていくナツキを引き留めようと動き出した時にはもう遅く、伸ばした手は空を切る。
ゆっくりと落ちていく。それなのにナツキの表情は酷く穏やかだった。けれど身体の向きを変えるその一瞬、泣きそうな顔をして目尻に涙が光ったのをクリスは見逃さなかった。
ダァン、とマグナムの激しい銃声が轟く。
落下している最中にも関わらず、ナツキはしっかりとウェスカーを狙い撃っていた。そのお陰でヘリは触手から解放され、安定する。だが──。
「ナツキ……死ぬつもりだったのか!!」
あの様子からするに、もう随分前から決めていたのだろう。あんなに臆病で泣き虫だったナツキがこの決断をするのにどれほど苦悩したのか、想像するだけで胸が張り裂けそうだった。
灼熱がナツキを包み、苦痛に表情が歪んだ。思わず身を乗り出したシェバの肩を掴み引き止める。
助けたくとも、もう助けられない。
「ナツキ!!ねぇ!!ナツキッ!!」
ナツキはしっかりのウェスカーを掴んで離さず、俺達に手出しできないようにしていた。徐々に身体が溶岩に沈む。
──さよなら、大好き。
沈む直前、聞こえた声。それが何度も頭の中で繰り返される。誰も何も言えない無音のヘリの中、俺は荒々しく壁を叩きつけた。
どうしようもなかった。
どうにもならなかった。
頭では解っているのに、納得なんて出来るわけもなくて。言葉に出来ない感情が心を埋め尽くす。シェバはショックを隠せないまま顔を押さえていた。
「──行こう」
ジョッシュが滞空させていたヘリを動かす。ジルが扉を閉め、何も言わずに椅子に腰かけた。
ヘリは高度を上げ、あっという間に火山は遠ざかる──ナツキが、遠ざかる。
ナツキがいた証は何も残ってはいない。今となっては俺とシェバの記憶の中にしか、もう。
「ナツキを……弔おう……」
「えぇ……そうね。そうしましょう」
俺の言葉にシェバが頷いた。水平線から目映い朝陽が顔を覗かせる。
長かった夜はようやく明けた。
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