長い戦いだった。しかし、両手を上げて喜ぶにはまだ早かった。ナツキ達の足元も崩れ始め、周りは溶岩の海に囲まれて逃げ場もない。
このまま溶岩に沈み行くのを待つしかないのか、とすべてを諦めかけた時だった。サーチライトがナツキ達を照らし、頭上からヘリの音が聞こえた。それと同時に「掴まって!」という声も。
顔を上げると金髪の女性と目があった。ジルさんだ。ジルさんは薄く微笑むと縄梯子をヘリから投げ落とした。
クリスが梯子をキャッチして真っ先にシェバを上がらせる。
「さぁ、ナツキも」
「……うん」
ほんの少し躊躇したのは秘密。
俺は生きていて良いのかな、この梯子を上っていいのかな、なんて。
周りの温度とは違ってひんやりとした鉄の冷たさが手のひらに伝う。風に煽られて揺れる梯子を上るのは難しかったが一段一段踏みしめて、何とか上がりきった。転がるようにヘリの中に入り、ようやっと息を付く。
「お疲れ様」
「うん」
座り込んだナツキにシェバが苦笑した。そんな会話の横でクリスもヘリに乗り込んだ。
これでやっと帰れる。皆の表情が和らいだ──。
「クリィィイイイス!!」
その刹那、和やかな空気を割るようにウェスカーの声が響き渡り、機体が大きく揺れた。触手がスキッドに絡み付いている。
意地でもナツキ達を逃がさないつもりらしい。諦めの悪さだけは世界一だと思う。生にしがみつくしぶとさも。
開きっぱなしのドアからその姿を見下ろして、ナツキは気づく。
(あぁ、そうか……そうだ。きっとこの瞬間を待っていたんだ)
意味もなく笑みが漏れた。どうしてもの時だけ、と釘を刺されていたマグナムを取り出して深呼吸をした。
怖くない。大丈夫。
だってひとりじゃないから。
揺れる機体の中でどうするかを話し合う四人に微笑みながら振り返る。危機的状況で俺の笑みはかなり不自然だったろう。
「クリス、シェバ。俺……二人に会えて良かった」
「ナツキ?」
訝しげにシェバがナツキを見た。
目の奥が熱くなったのは気のせい。
鼻の奥がつんと痛くなったのも、気のせい。
泣きだしてしまいそうな気持ちを押さえて、ナツキは笑顔のまま言葉を続けた。
「きっと二人に会えてなかったら俺は何も知らないままだった。大切って気持ちも優しい気持ちも、何もかも知らないままウェスカーに操られてたと思う」
それからジルさんとジョッシュの方に視線を向けた。
「ジルさん初めまして。無事で良かったです。ジョッシュも……本当にありがとう……約束、守れなくてごめんなさい」
ゆっくりと立ち上がって、一人一人の顔を見つめ──
後ろに倒れた。
そこにドアは無い。
あるのは、溶岩の世界。
ジルさんの悲鳴が聞こえた。
ジョッシュの戸惑う声が聞こえた。
クリスの怒声が聞こえた。
シェバの、泣声が聞こえた。
四人の声を上空に聞きながらナツキはくしゃりと顔を歪めた。まだ泣くには早いだろ、と自分に言い聞かせて、空中で身体を反転させてウェスカーに向き直る。
「ウェスカー!!俺があんたを倒す!!」
マグナムをウェスカーに向けた。
ダァン──
狙い通りに胸部を貫き、その衝撃でウェスカーはスキッドを手放す。肩越しにヘリが無事なのを確認してナツキはウェスカーの元に着地した。
「あ"ぁ"ぁ!!」
灼熱がナツキの身を焦がす。ウロボロスによって身体が強化されていたとしてもこの地獄の業火には堪えられない。
「もうクリス達は追わせない!!」
懲りずに触手を伸ばそうとするウェスカーの腕を抱き締めるようにして引き留める。
「……死ぬつもりか……!!」
「当然だろ。俺がB.O.W.だって……わかった時から決めてた……俺は死ぬべきだって」
それでも悩んで、なやんで。
やっと出た答え。
「死ぬ時はウェスカーと一緒にいこう、って」
へらりと笑う。ついさっきまで戦っていた相手を抱きつきながら見上げるのは何だか違和感が凄い。ウェスカーの何とも言えない表情がまた笑いを引き寄せた。
だんだんと意識が保てなくなり、視界がぼやけてくる。遠くでナツキを呼ぶ声がする。クリス達だ。
「──さよなら!大好き!!」
最後の力を振り絞り、声を張り上げた。皆に聞こえるように、喉が枯れるくらいに叫んだ。
終わりなんだ、と思うとじわじわと涙が目尻から溢れた。もう腰から下の感覚はない。
「本当にあいつによく似て馬鹿な奴だ……」
ウェスカーとは思えない優しげな声が耳元でして、そっと身体に腕が回された。その感覚を最期にナツキの意識は暗転した。
二人と出会えて、俺は幸せだった。
どんなに酷く、残酷な出生だったとしても幸せだった。本当だよ。
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