- ナノ -


ウェスカーがいなくなっても一安心、とはならなかった。ハッチを開けたせいで爆撃機は完全に飛行機能を失っている。機体は激しく上下に揺れ、急降下しているのが感覚で分かった。

このまま死ぬかもしれない。ウロボロスの発射高度までは達しなかったから世界は無事だけれども。

ぎゅっと目を瞑り、舌を噛まぬよう歯を食い縛る。そしてその時を待った。

「──っ!」

鼓膜が破れそうな爆音がして、下からの強烈な衝撃に身体が浮く。ががが、と機体が擦れる振動が幾らか続いて、何かにぶつかりようやっと爆撃機は動きを止めた。

「……大丈夫か?二人とも」

「何とか……」

「うん……」

落下の衝撃でひしゃげたハッチから這い出して、よろよろと地面に降り立った。墜落する瞬間は生きた心地がしなかったが何とか五体満足だ。

ガスのような嫌な臭いが鼻につく。
それにいやに暑い。

そう思っていたら、目の前には赤い海が広がっていた。溶岩がぼこぼこと煮え立っている。通りで熱い──いや暑い訳だ。よりにもよってこんな噴火口なんかに墜落するなんて運がないというか、なんというか。

「ウェスカーは死んだのかな」

「どうだろうな?」

熱で噴き出す汗を拭いながら、辺りを見回す。目に見える範囲にあの黒衣の姿はないが、警戒するに越したことはない。周囲を探りつつ、少ない足場を頼りに進む。

不意にかつん、と足音が聞こえてはっと顔をあげた。"UROBOROS"と書かれたミサイルが突き出た爆撃機の上にウェスカーがいた。人外の力を持つウェスカーといえど、落下のダメージは大きかったようで足取りは悪い。

「最初に貴様を排除しておくべきだった」

今までとはうって変わって、ウェスカーらしくない言葉だ。それだけナツキ達の反撃は想定外だったのだろう。

「泣き言か?らしくないなウェスカー!」

「貴様……貴様だけは殺す!!」

クリスの分かりやすい挑発にウェスカーは低く唸って、荒々しくミサイル弾を殴り付けた。貫通したミサイル弾から赤黒いツタのような物が飛び出してウェスカーの腕を伝い、上半身を覆う。

「これが最後だ!クリス!!」

触手に覆われた右腕で鋭く尖った瓦礫を掴むと、爆撃機から飛び降りて振りかざした。鞭のようにしなる触手の攻撃には手も足も出せず、三人はただただ後退する。

「何故わからない、クリス。この下らない世界のどこがいい!?」

触手を打ち付けた衝撃か、或いは火山活動の影響か。唐突にナツキ達の足元が崩れる。幸いそう高さはなかったため大したダメージはないが、シェバと分断されてしまった。クリスが痛みを堪えながら頭上にいるシェバへ"先に行け"とハンドサインを出す。

「クリス、早く逃げなきゃ!ここじゃ戦いにくい!」

こんな岩壁に囲まれた狭い場所で触手を振り回されでもしたら危険だ。クリスの手を引き、立ち上がらせて駆ける。アドレナリンのお陰か不思議と痛みを感じない。

「より強く正しく、高位の存在が生き残るルール。永らく人間はその決まりから外れてきた」

俺達を追ってきたウェスカーの声が背後から聞こえてくる。円形の高台まで来るともう逃げ場はどこにもなかった。振り返り、ナツキは叫んだ。

「そんなルール……クソッ喰らえだ!力の強弱だけで選ばれる世界の何がいいんだよ!」

強いから正しい。弱いから正しくない。そんな極端な世界はきっと窮屈で苦しくて、感情のない世界だ。

「お前には分からんか。愚かだな」

「愚かでいいよ。俺はただ大切な人を守るだけだ」

ウェスカーの胸元にかつて戦ったウロボロス同様に弱点である赤い球体が光っていた。だが、正面からでは触手が邪魔をしていて狙えそうにない。

「シェバ!奴の背後を狙え!」

「分かってるわ!」

遠くからシェバがライフルのスコープを覗き、ウェスカーを狙い撃った。



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