- ナノ -



爆撃機の中は思っていたよりもシンプルだった。ウロボロスを拡散させるためだけの爆撃機だから、目的さえ果たせれば無駄な装飾品は不必要なのだろう。

「貴様らを甘く見すぎたようだ……」

機内の奥にウェスカーはいた。安定剤の過剰摂取が余程効いたらしい。大きく肩を上下させながら呼吸をしていた。

「もうお前を助ける奴もいない!」

「必要ない。この爆撃機と──」

言葉の途中でウェスカーは苛立ちを滲ませて爆撃機のコックピットに続く扉を殴り付ける。金属製の扉がひしゃげて陥没していた。恐ろしい力だ。

「ウロボロスがあればな!後五分でウロボロスの発射高度まで上昇する」

たったの五分。それまでにウェスカーを倒し、爆撃機を止めなければナツキ達の敗けだ。そして世界も──。

「一度放たれれば手遅れだ。気流に乗り各地に降り注ぎ、世界はウロボロスに染め上げられる……」

「そんなこと俺がさせない!!」

しっかりとウェスカーを見据えて、ハンドガンを撃つ。避けたウェスカーを追ってクリスが次いで攻撃を加えた。だが、それも目視された状態では当たらない。
ウェスカーは素早い動きで距離を詰めてきてクリスの腕を片手で掴んで捻りあげ、空いた方の手を突き上げた。

「がはっ!」

「──クリスッ!」

アッパーで宙に浮いた身体を蹴り飛ばされてクリスが地面に転がる。思わず駆け寄りそうになったが、この状況でウェスカーから目を離すのは危険だ。身構えたまま必死で思考する。

(どうするべき……?)

思考を遮るように破裂音が響いた。狙われたシェバは即座に柱の影へと身を隠す。一瞥さえもしていないのにその狙いは鋭く、シェバの反撃を確実に封じていた。

「貴様らの無駄な足掻きも、何も変えはしない」

銃を撃ちながらもウェスカーは迫ってくる。 何とか歩みを鈍らせようと銃を撃つが止められない。

じりじりと後退していたが、やがて背中が冷たい壁にぶつかった。

「新たな時代の幕開けだ」

声と共に額に銃口が突きつけられる。赤い瞳に息が止まりそうになった。
冷たい汗が全身から噴き出す。少しでも目を反らせば引き金を引かれそうで、どうすることも出来ないままナツキは身体を強ばらせた。

「……俺はその創造主なのだ!」

ナツキもウェスカーから創られた。でも、ウェスカーの言う"新たな時代"には賛同できない。だってそこには大切な人のいない世界だから。

「……そんな淋しい世界なんて誰も望んでない!」

銃身を掴み、強引に銃口を反らす。間一髪、放たれた弾丸が頬を掠めてピリリとした痛みと熱に肝が冷えた。

「貴様っ──」

「ウェスカー!ナツキから離れなさい!!」

シェバが背後からナイフを振りかざす。しかし、それも空を切る。煌めく切っ先を易々と避けると、ウェスカーは蜘蛛のように天井に張り付き銃を構えた。

体勢を立て直していたクリスが先手をとる。クリスが放った銃弾はウェスカーの手元を撃ち抜いた。弾かれた銃が床を滑る。

ウェスカーは重力に従い落ちるスピードを利用して脚でクリスの腕を絡めとり、逆立ちの状態から体勢を正位置に戻す勢いで蹴り飛ばした。

目まぐるしく変わる戦況に呼吸さえも忘れそうだ。

蹴り飛ばされたクリスを視界の端にシェバがすかさずナイフを突き立てた。赤い血が飛ぶ。太いコンバットナイフが左前腕の中程に刺さっているのにも関わらず、ウェスカーは顔色ひとつ変えずにシェバの首を右腕で引っ掴んで締め上げた。

「うぉおおおおお!!!」

雄叫びを上げながらウェスカーの背中目掛けて拳を振るう。

「ふん。幼稚な攻撃手段だな」

「守れたら何だって良い!」

ウェスカーはシェバを投げ捨て、ナツキの攻撃を受け止めた。そのくらいはこちらも予想済みだ。身を屈めてウェスカーの脛を蹴り飛ばす。

「思い通りにさせるか!お前はただの──」

アンブレラの残党にすぎん──クリスはそう叫びながらよろめいたウェスカーの首に腕を回して拘束し、ナツキに目配せした。意図を察して素早く駆け寄り、残りわずかな安定剤をウェスカーに突き刺す。

ストッパーで止まるまでブランジャーを押し切ってナツキは退いた。二度目のそれにウェスカーは呻き、身体を震わせる。

「どうにかしないと、ミサイルが発射されてしまうわ」

「でもどうすれば?」

クリスが機内を見回し、壁に取り付けられたレバーを指す。「援護を頼む」それだけ言ってクリスはレバーに向かって走り出した。

返事もそこそこにナツキはシェバと共にウェスカーを迎え撃つ。二重の銃声が狭い機内で反響し、けたたましく響き渡る。

「これでお前の野望も終わりだ、ウェスカー!」

「貴様!!許さん!」

レバーが引き下ろされ、ガコン、と音がしてハッチが開き始めた。強い風が隙間から入り込む。

「どこでも良い、二人とも掴まれ!!」

クリスの指示にナツキはすぐそばの柱にしがみついた。クリスは機内の出っ張りに、シェバは向かい側の柱に掴まっている。

完全にハッチが開放され、気圧差で外に投げ出されそうな暴風が吹き荒れた。息も出来ない強烈な風にナツキはただただ柱を掴んで堪える。

そんな激しい風音の中で、クリスの叫び声が微かに聞こえてナツキは薄目を開けた。

「シェバ!」

柱に掴まっているシェバの足にウェスカーがしがみついている。自分の身体ひとつでも必死なのにあんな体躯の男がくっついていたら耐えきれない。現にシェバの腕は今にも柱から外れてしまいそうだった。

助けたい。が、下手をすれば自分もろとも機外にすっ飛ばされる可能性だってある。情けなくもナツキは助けることを躊躇した。

「──ぁ、」

シェバが泣き出しそうな顔をして、そして──。突然時間の進みが遅くなったような感覚がした。煩かった風の音さえも遠い。

(ダメだ、シェバ!諦めたら──)

指先が柱から離れていく。正義感の強い彼女がその選択肢を選ぶ事なんて少し考えれば分かった筈だった。でもそれを見ているだけなんて誰が出来る。ほんの数秒前の躊躇はナツキの中から消え去った。

「「シェバ!!」」

シェバの身体が離れていくその瞬間にナツキとクリスは動いていた。暴風の中でシェバが掴んでいた柱に跳び移り、離れていく手を間一髪で掴みとる。

「死のうとしないで、シェバ!」

後数秒遅ければ、なんて最悪の想像をしてしまって涙声になりながら叫んだ。

「……そうね。ごめんなさい。私どうかしてたわ」

ふ、と笑って、シェバは未だ足にすがり付くウェスカーを睨む。風に煽られながらもしつこくしがみついている。

「道連れだ!地獄に落ちろ!」

「落ちるのは貴方だけよ!」

迷うことなくシェバは銃を抜き、引き金を引いた。タァン──と甲高い銃声が響く。銃弾を受けたウェスカーは手を滑らせ、そのまま爆撃機の外に投げ出されて見えなくなった。


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