格納庫の四隅に取り付けられた照明の電源を落とす。サングラスをかけたウェスカーにこの暗闇は辛い筈だ。とはいえ、ナツキも鳥目だからやや不安だが。
物陰に隠れてウェスカーの様子を窺う。此方には気付いていないようできょろきょろと辺りを見回していた。
「ふぅ……」
ちょっとだけ安堵する。ナツキの隠れている位置からちょうど反対側にいるクリスがロケットランチャーで狙いを澄ましていた。流石のウェスカーもロケットランチャーが当たれば一溜りもないだろう──と思っていた。その時は。
ドン、と発射された弾がウェスカーの背中を目掛けて一直線に飛んでいく。大きな弾丸を目で追いかけていった先の光景にナツキはあんぐりと口を開けた。
「ええぇ……うっそぉ……」
まさか当たる直前で弾を掴んで、爆破を防ぐなんて誰が想像するだろうか。人外にも程がある。弾速があるから勢いを殺せず仰け反っていて間抜けな姿にはなっているが、物凄い光景だ。
「まさかロケットランチャーの弾を掴むなんてあり得なさすぎない!?」
これにはシェバも絶句だ。そうしている間にウェスカーは弾を投げ捨て、弾道を変えて回避していた。
「そこだな」
「ひぇっ……見つかった……!!」
淡々とした声が余計に怖いし、人外過ぎるダッシュで詰め寄られるのもめちゃくちゃ怖い。怖すぎてちょっと泣いた。悲鳴を上げながら回れ右をして直ぐ様ダッシュ。視界端でシェバが新たなロケットランチャーの弾をクリスに手渡していた。早くして!!マジで!!
恐怖の追いかけっこを絶賛開催中で、ナツキは必死に暗がりの中を駆けずり回る。
「いやぁぁあぁあぁ!!!……あ」
爪先が地面の僅かな凹凸に引っ掛かり、身体が傾く。勢いもあったせいで見事なスライディングスッ転びを繰り出した。身体の前半分に絶大なダメージだ。
「いっっったぁあぁぁぁああああ!!!!」
膝も鼻先も手の平も擦りむいた。ちょっとざらついた質の悪いコンクリートのせいですりおろされた大根みたいになった。
痛い、痛いと涙をちょちょ切らせていたら頭上から呆れたようなため息がひとつ。
「貴様のその情けない部分は誰に似たのか……見てられんな」
あいつはもっと──そこまで言いかけてウェスカーは口をつぐんだ。何が言いたかったのか言葉の意味を図りかねて、ナツキは首を傾げた。
ウェスカーは一体俺に誰を重ねているのだろう?
「何言って……」
「ふん。俺としたことが下らん感傷にふけってしまったな……。お前には関係のないことだ。忘れろ」
忘れろと言われると逆に気になるんだけれども、聞いたところで教えてくれるようなタイプでは無い。すい、とナツキから視線を反らして、暗がりを睨み付けた。その肩越しに二人の姿を見つけ、ナツキはウェスカーの気を反らすべく適当に言葉を投げ掛ける。
「関係なくなんかないと思うんだけど!」
気付かれないように二人に目配せをして、のそのそと立ち上がった。紅く光る瞳がナツキを映して細められる。不思議と恐怖はなく、冷静でいられた。
完全にウェスカーの意識は此方にある。その隙を逃すような二人ではない。再びロケットランチャーが発射される。
「──小癪な!」
弾丸が空を切る音を聞き逃さず、ウェスカーは素早く身を翻して弾を受け止めた。やはりそう簡単には当たってはくれない。
「これならどう!?」
シェバが受け止めた弾を目掛けて発砲した。ずどん、とウェスカーの手元で弾が爆発する。
「ぐぬぅ──」
至近距離であの爆発を喰らえば、ウェスカーも無傷ではいれなかったようだ。苦し気に呻き、膝をつく。
あの攻撃でなお生きているウェスカーの頑健さには驚きしかないが。
クリスがロケットランチャーを投げ捨てて、ウェスカーを羽交い締めた。絶好のチャンスだ。逃す理由などない。
「ナツキ!薬を!」
「らじゃ!!」
投げ渡された注射器をキャッチしてウェスカーの首元を目掛けて思い切り突き刺した。親指でブランジャーを押し込み、安定剤を注入する。
「っわっ──!」
ウェスカーは余裕のない荒々しい動作でナツキを突き飛ばして後退した。打たれた箇所を押さえながら苦悶に顔を歪める。
敵だというのにウェスカーの様子を見ていると、何故か自分まで辛くなった。気持ちを落ち着かせるためにそっと胸に手を当てて深呼吸をする。
(ウェスカーは敵。そうだろ……俺……)
ウェスカーはサングラスを握り潰すようにもぎ取り、苦痛を振り払うように乱暴に地面に叩きつけた。ようやく露になった瞳は憎しみと怒りに赤く燃えている。
「貴様ら!!」
地を這うような声でそれだけ叫ぶとウェスカーは人間離れした跳躍力で爆撃機に向かって行った。強引に爆撃機を起動させるつもりだ。そんな事を許すわけにはいかない。ここで逃せば今までの苦労も人類も全てが終わる。
「シェバ、ナツキ、急げ!」
返事をするよりも前に三人は駆け出していた。爆撃機が滑走路に向けて回り、ジェットエンジンから炎が噴出して爆撃機が動き出す。まだ後方にあるハッチは開いている。
クリスが真っ先に徐々に閉まり始める爆撃機に飛び乗った。ナツキとシェバも必死になって走るが、追い付けるかどうか微妙な距離だ。
「シェバ!クリスの手を掴んでっ!!」
「でも、ナツキが!!」
「いいから!俺を信じて……!」
差し伸べられたクリスの手をシェバに譲る。少し躊躇していたけれど、ナツキの力強い言葉に頷いてシェバはクリスの手を掴んだ。
シェバが無事に爆撃機に乗れたのを見届けてからナツキは足に力を込めた。ウェスカーと同じウロボロスの力があるのだから、ナツキにだってきっと出来る筈。
大丈夫。そう自分に言い聞かせて、ナツキは力いっぱい地面を蹴った。
「わ、とと……」
想像よりも軽やかに、身体は宙を舞う。初めての感覚に少々戸惑ったが上手く爆撃機に跳び乗れた。ほっと胸を撫で下ろす。
ナツキの駆け込み乗車を最後に扉は閉まり、爆撃機は空に飛び立った。
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