蹴破る勢いで扉を開けて、その向こうに見えた黒いコートの後ろ姿に各々銃を突きつけた。
「ここまでだ、ウェスカー!」
「もうおしまいよ!」
ウェスカーの前に立つと恐怖が足元から競り上がり、指先が震えた。戦うと決心してもやっぱりまだ怖い。
「……放っておけば、消えてなくなる……」
振り返らずにウェスカーが呟いた。微かに怒りを孕ませたそれに肌が粟立つ。
「やはり貴様はそんな都合のいい存在ではないな」
風を切る音がした。ウェスカーが振り返り様にサングラスを投げ付けてきたのだ。その不意打ちにクリスが怯む。避けるでもなく、払うでもなく、うっかり反射的にキャッチしてしまったクリスにウェスカーが高速で迫った。鋭い掌底をもろに受けたクリスが壁に叩き付けられる。
「クリスッ!!」
そうこうしているうちに攻撃を仕掛けたシェバもウェスカーに捕らえられ、身動きが取れなくなっているところを投げ飛ばした。
「シェバッ!!」
助ける暇さえもない。ただ呆然と立ちつくす。いつの間に取り返したのか分からないサングラスをかけ直してウェスカーがこちらを見た。薄く歪められる口元に、冷たい汗が背中を伝う。
動けない、動かない──恐怖がナツキを絡めとり、身体を硬直させた。
「ナツキ!」
呼び声とともに銃声が響く。死角から放たれたそれをウェスカーはいとも容易く避けていた。相変わらず恐ろしい身体能力だ。
銃は無理だと判断したクリスが果敢にもタックルを繰り出し、ウェスカーの腰元に掴みかかった。しかし、受け止められ、更には無防備になった背中を殴り付けられる。
「っ!ウェスカー!!」
ああくそ──思い出したように身体を動かして、クリスに更なる攻撃を加えようとしているウェスカーを狙い撃つ。当然それは当たるはずもない。が、クリスは無事だ。
「何故こんなことをする!ウロボロスを使い世界を破滅させるつもりか!?」
「私が手を下さずともすでに世界は破滅へと進んでいる……これは破壊ではない。救済だ!」
クリスが唸り、ウェスカーが吠える。決して相容れることのない二人の信念。それがぶつかり合う。
睨み合う二人が動き出したのはほぼ同時だった。しかし、クリスが荒々しく振りかぶった拳はいとも容易く捕まれ、それを助けようとしたシェバも同じく片手で易々と受け止められる。瞬く間に二人は手摺の向こう側へと投げ飛ばされていた。
「──クリス!シェバッ!!」
一歩踏み出し掛けて押し留まる。落ちた二人を確認したいが、目の前にはウェスカーいる。下手に動けばナツキなんてあっという間に捩じ伏せられてしまうだろう。心臓が破裂しそうなほどに脈動し、汗ばんだ手から銃が滑り落ちそうだ。
「そんなにあいつらが大切か?」
「当たり前だろ。誰よりも……何よりも大切だ」
それこそナツキの命なんかよりも、ずっと。
ナツキの答えにウェスカーは鼻で笑って「下らんな」と吐き捨てた。次の刹那にはウェスカーの姿は消えていて、左頬に激しい衝撃が走る。視界が揺れて意識が飛び掛けたが、遅れてやってきた痛みのお陰で何とか持ちこたえた。
手すりを掴み、よろめく。眼下でクリスとシェバの姿が見えて、気持ちが僅かに落ち着いた。
「──ぁが……っ!?」
それが不味かった。目を離した隙をウェスカーが見逃す筈もなく、首を片手で掴まれる。化け物じみた握力になす術もなく、ただ喘いだ。
脳の酸素不足により視界が明滅を繰り返し、徐々に意識が薄くなる。音も遠くなり、首を掴む腕に這わせた指先の感覚さえ曖昧で。
「……うぇ、すかー……ごめ、んな……」
謝罪がこぼれ落ちたのは自分でもどうしてだかわからなかった。何となく謝らなければならないようなそんな気がしたのだ。微かな視界の中でウェスカーが驚いたように瞠目し、それから苦しげに表情を歪めた。
「──……」
ぼそりとウェスカーが何か呟いたが聞き取れないまま、ぐるんと視界が回って浮遊感が身体を襲う。いつの間にか首の拘束は解け、遥か頭上にウェスカーがいた。
重力に引かれて落下しているのに、受け身を取るのも忘れてウェスカーを見つめる。
──どうして、そんな顔をしてるの?
ナツキまで哀しくなってしまうような、そんな。けれどそれは一度瞬いた後には見えなくなって、落ちていた身体がぼすんと柔らかい物に受け止められた。
「ナツキ!大丈夫か!?」
「……ぁ、ぅん……だいじょうぶ……」
心臓の音が戻ってきて、ナツキは大きく息を吸い込んでから頷く。忘れていた恐怖まで戻ってきて全身が震えた。
「無理するなよ」
「ん。分かってる」
言葉を交わしていると格納庫の天井が開き、月明かりが射し込んだ。警告灯が光り、足場が上昇する。刻々と爆撃機の離陸準備が進んでいるようだ。早く止めなければ世界が終わってしまう。
ウェスカーが音もなく目の前に着地して、ナツキ達は身構えた。
「ここまで来たことは褒めてやろうクリス。だが、諦めろ貴様には俺を止められん!」
「知っているだろ?諦めは悪いタチでな!」
至極愉快そうにウェスカーは笑う。
「……いいだろう。決着をつけるか」
その言葉を合図に戦いの火蓋は切り落とされた。
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