- ナノ -
放っておいて一人で行かせるくらいなら、二人で──ということでエリカはネロと共に行動することになった。Vは別行動をとるらしい。過保護なネロはエリカより前を歩き、悪魔を瞬時に殲滅している。ネロはエリカがレッドグレイブに来てから一度も悪魔に遭遇していないとでも思っているのだろうか?

刀を出す機会もないまま、エリカはネロが一掃した悪魔のいない道を歩く。戦わずに済むならそれはそれで良いのだが、ネロの中での私の戦闘能力の評価が一体どうなっているのか知りたいところだ。

ぱき、と靴底で瓦礫が割れる音がした。

「エリカ、こっちだ」

「はぁい」

ネロに呼ばれて小走りで向かう。到着すると同時に腰に腕を回された。

「しっかり掴まってろよ」

「ひんっ!?」

返事をするよりも前に全身がぐんと引かれて、足が地から離れる。次に地に足をつけたのは遥か離れた建物の上だった。投げ捨てるように離されて、エリカはへなへなと地面に座り込む。ジェットコースターよりも心臓に悪い。

「ちょっと、そういうことするときは、一言言ってからにして!」

胸を押さえながら文句を言ったが、ネロは耳に小指を突っ込んでへーへーと悪びれもしない態度だ。

「ならお前は泳いでくるか?」

「……」

ネロの指した先には濁りきった水溜まり。水の中に悪魔がいないとも限らないし、そもそもどす黒く濁った水に入りたくはない。

黙りこんだ私に、ネロは勝ち誇った顔で先を歩いていた。


「まじでぶっ殺したい……」

「おいおい、ぶっ殺すのは悪魔だけにしろよ」

「うっさい!」

人生で最悪のアトラクションに何度も乗せられて、エリカの気分はここ最近で一番悪い。ネロを無視して大股でクリフォトの根が蔓延る地下通路を突き進む。細かな瓦礫を蹴り飛ばし、エリカが比較的大きな部屋に足を踏み入れた時だった。グニャリと空間が歪み、出入り口を防がれる。

ネロはエリア外に弾き飛ばされたらしく、どす黒い血のような歪みの向こう側にいた。どうやら戦力を分断して一人ずつ殺るつもりのようだ。低級悪魔の癖に小賢しい。

「エリカ!!」

切羽詰まった声で名前を呼ばれて、エリカは思わず笑ってしまった。どこまでネロは過保護なのか。これくらいは一人でも倒せるっていう事を分からせる良い機会だろう。

「こっちは大丈夫だから!」

そうこうしている間にネロの背後にも悪魔が出現している。顎でしゃくるとネロは舌打ちをひとつして、背中に装備したレッドクイーンに手をかけていた。

「さ、てと。こっちも始めようかな?」

コツン、と爪先で地面を叩いて、影に控える彼らに合図した。とかげのような悪魔のライアットと中華包丁のような大きな刃物を両手に持った悪魔のヘルアンテノラが複数体、こちらにギラギラと目を光らせている。その熱い眼差しを受け止めて、エリカは息を止め静かに腰を下げた。

先に動き出したのは悪魔の方だ。一斉に向かってきた悪魔にエリカは刀を一閃した。青白い閃光が走り、刃が電撃を帯びてパチリと弾ける。痺れて動けぬ悪魔にエリカの背後から飛び出したアトラとアルバが食らい付いた。

「Good Job!」

運悪く残った悪魔に距離を詰め、軽やかに飛び上がって、その勢いで刀を振り下ろす。悪魔の硬い皮膚すらも閻魔刀の前では意味をなさない。脳天から踵まで裂かれまっぷたつになったヘルアンテノラは血を撒き散らして地面に転がった。

エリカが最後の一体に止めを刺すと同時に出入り口の歪みがなくなり、ネロが駆け込んできた。アトラとアルバが即座に影に引っ込んだのを視界の端に捉えつつ、エリカはネロの方に体を向けた。

「エリカ!大丈夫か!?」

「見てのとおり」

ネロの前で両手を広げてくるりと一回転して見せる。返り血は少々浴びてしまったが、私自身は五体満足、傷一つすらない。

「ど?見直した?」

「……ちょっとだけな」

「意地っ張り」

「何とでも言え」

頑固なネロに苦笑しつつ、刀を鞘へと納めた。

「それ……」

不意にネロが口を開く。顔を上げるとネロの視線は手元の刀に向いていた。外見は閻魔刀と全く同じなのだ。勘違いするのも無理もない。ネロが何を考えているのか合点がいった私はほれ、と間抜けな掛け声を付けて刀を投げ渡した。理解するには持ってもらうのが一番手っ取り早い。

「よーく見て、それは閻魔刀じゃないからさ」

「お、わ、投げんな!──って、はぁっ……こんなそっくりなのにマジで閻魔刀じゃねぇのかよ……!?」

「分かってくれたようで何より!これは私の造った模造品!」

ぺしっとネロの手から奪い返す。

「嘘だろ……」

「本当ですぅ」

いまだ驚きを隠せない様子のネロを置いて、エリカはクリフォトの赤く膨らんだ血溜まりに刀を突き刺した。
切れ味は如何に

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