- ナノ -
散歩を開始してから、結構な時間が経過していた。右を見ても左を見ても似たような道が続いている。

「どっちだったっけ……?」

自分の土地勘を過信して遠出しすぎた。帰り道が全くわからない。人に聞こうにも、余所者だからか冷たくあしらわれて話すらしてもらえない。嫌悪感丸出しの目で睨まれて、イオリはやれやれとため息をついた。

家を出たのが昼前くらいだったはずなので、体内時計が正しければ二時間は経過している。散歩にするには少々長すぎる時間だ。誰か気づいて探しに来てくれたりしたら嬉しいが、ネロもダンテもバージルも、皆忙しそうだし期待できそうにない。

「うーん……来た道を戻る……にしても……どっちだっけ?」

唸りながら首を傾げる。大通りからそれて脇道を歩いたのが祟った。似たような煉瓦の建物のせいでどこをどう曲がったかはっきりと覚えていない。

「適当に歩いてりゃ大通りに出るか」

うん。そうしよう。そんな楽観的な気持ちでイオリは再び歩きだした。

それから更に一時間──

「どこだ……ここ」

そう広い街ではないと思っていたのだが。イオリの予想に反して、大通りではなく何故か針葉樹が生い茂る森の近くまできてしまった。うん。確実に道を間違えた。それにぶっ通しで歩き続けて疲れた。

「はぁ〜……」

ベンチや腰かけれそうな場所もない。仕方なく木の根もとに座って休憩する。
静かだ。日本のように車のエンジン音も騒がしいBGMといった都会の喧騒はここにはない。風が木の葉を揺らす音と小鳥の囀ずりだけだ。

目を閉じると世界から自分だけが切り取られたような感覚になる。

(当たり前か。この世界では俺は異物だ)

たった一人の日本人。イオリの戸籍はこの世界には存在しない。独りになると一層その孤独を強く感じた。

「感傷に浸るなんてバカみてぇ」

そう言いながらもイオリは膝を抱えてきゅっと口をつぐんだ。魔界に来た時からずっと怖かった。それでもイオリがここにいたいと思ったのは──

(……ブイ……)

彼が生きる世界だからだ。まだ会えていないけれど絶対にこの世界のどこかにブイはいる。そう信じなければ泣いてしまいそうだった。

「……ここにいたか。探したぞ」

どうしてか、その声にブイを重ねて、俺は弾けるように顔を上げた。

「ばーじる……」

当然ブイはいなくて。
震えそうになる声を抑えながら名前を呼ぶ。相変わらずバージルは険しい顔をしていたが、手を差し伸べてくれた。

「散歩してたら迷子になっちゃった」

笑顔を貼り付けて、その手を掴む。力強く腕を引かれて身体が持ち上がった。ありがとう、と礼を言いながらも、イオリは目線を足元に落としていた。

「泣きたいなら、泣け」

そっと。壊れ物を触るようにバージルは抱き締めてくる。あぁ。どうして。バージルはこんなにも優しくしてくれるのだろう。胸の中でイオリは涙をこぼす。イオリが泣き止むまでずっとバージルはそばにいてくれた。

ブイがいない、それだけが悲しかった。

君だけがいない

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