- ナノ -
side:Vergil



自らの半身が残していった感情をバージルは持て余していた。捨てたはずの人間である部分は、巡りめぐって再びバージルの元へと戻ってきた──バージルがとうの昔に忘れ去っていた感情と一緒に。

その感情と共に流れ込んできた"V"の記憶には彼女の笑顔が焼き付いていて。それを思い出す度、胸の鼓動が不安定になる。不快ではない。ただ、どうすればいいのか分からない。

考えた末にバージルは彼女とある程度の距離をとることに決めた。視界、気配をいつでも感じられる場所で、何があっても彼女を守れるように。

そんな事をしていたら、いつの間にか彼女はダンテと仲良くなっていて。それがどうしようもなく不愉快だった。怒れば怒るほどにダンテはニヤニヤと神経を逆撫でするような笑みを浮かべてくるし、彼女には呆れられる。どうにも彼女の事になると、バージルは冷静でいられなかった 。

"バージル"

名前を呼ばれるだけで幸福になるその感情は"恋"だ。だが、分かったところで意味はない。
彼女が好きだったのは"V"であり"バージル"ではない。俺を見るたび、戸惑いがちに揺れる瞳がそれを物語っていた。落胆はしたが俺自身の気持ちが無くなる訳もなく、ただただ胸の内で燻っている。

「バージル」

「──!?」

物思いに耽っていた所に声を掛けられて、バージルはハッとして振り返った。

「そんなに驚くなんて珍しいわね。気抜いてたの?」

「いや……」

物珍しそうに彼女はこちらを見上げてくる。顔を反らしながら自分の顔を隠すように口元を手で覆った。
自分と良く似た銀髪は魔界でもその輝きを保ち続けている。だが、それは彼女の元々の色彩ではない。綺麗な黒髪だったのに、あの時俺に力が無かったばかりに彼女は──。

「!?」

こつん、と額に軽い衝撃が走る。反射的に額を押さえるといたずらな笑みを浮かべた彼女と目があった。

「何を──」

「自分を責めてるような顔、してたから」

「…………」

「バージルは寡黙だけど、分かりやすいわね。そういうとこVと変わらない」

ふふ、と笑って彼女は軽やかにバージルから背を向けた。長い銀がふわりと揺れて光る。それに乗って甘い香りが鼻腔を擽った。フローラルな香水の匂い。研究者、という割には意外にもそういうところは女性らしい。

沈黙が流れる。どこか遠くで悪魔の鳴く声が聞こえた。

「けど、本心はちゃんと言葉にしてくれないと分からない。私は勘はいいけど、心までは読めないから」

彼女は後ろ手で指を絡ませて、静かな声色で言った。本当は分かっているのではないか、と思う。そしてバージルを試している。どんな表情をしているのか、こちらからは見えなかった。

そうして、そのままバージルの元から離れていく背中を、思わず呼び止めた。

「お前は、」

言葉が出てこない。水に上げられた魚のようにだらしなく口を開閉させて、諦めたように閉口する。聞きたいことがあるのに、聞かなければいけないことがあるのに。後一歩、いや、半歩、踏み出せない。

悪魔と対峙するよりもずっと難しく、勇気が必要だった。

「……」

「……バージル」

中々言葉を紡げぬバージルに痺れを切らした彼女が穏やかに名前を呼ぶ。

「好きよ」

すとん、と続けて落ちてきた三文字。その言葉が頭の中の同じところをぐるぐる回って理解するのに随分と遠回りをした。

好き──?

固まったままの俺に彼女はからからと可笑しそうに笑って、無防備に放り出されていたバージルの両の手をそっと掴んだ。悪魔らしい人間よりも少し低い体温が指先から伝わる。

頭二個分は低い位置にあるその顔はこちらを見上げていた。

「……お前は、俺でいいのか?」

やっとの事で絞り出したのは、情けなくも不安の色を隠しきれない問い。ぎゅっと心臓が締め付けられるように痛みが走った。

「私もずっと悩んでた」

「……」

「でも、貴方を見てると変わらないなって思ったの。貴方もVも同じ仕草をするし、同じ笑い方をしてる」

貴方はVで、Vは貴方だから、いいのよ。と彼女は穏やかな表情を浮かべて、バージルの頬に顔を寄せようとした。が、身長差のせいでつま先立ちをしても全く届いてない彼女のその姿にバージルはにやつく口元を抑えきれなかった。

「ふ……俺も、愛している」

「そう思うなら、少しくらいは屈んでほしいわ」

「あぁ、すまない」

笑ったのが気に入らないのだろう。不貞腐れたように口を尖らせた。謝罪をして目線に合わせるように腰を屈ませると、彼女は気恥ずかしそうにしながらもそっとバージルの頬に口付けた。

ex.5:Love you

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