- ナノ -
クリフォトの伸びた先。雲を越えて、宇宙に一番近い場所。空気の薄ささえ物ともせずに、バージルとネロは切り結んでいた。刀と剣が打ち合う度に激しく火花が飛び散る。
目がいったのはネロの様相だ。角が生え、肌は漆黒に染まり、青白い翼のような腕が2本、ネロの背中から生えていた。その腕を自在に操り、バージルを圧倒している。

──魔人化だ。その片鱗は教団にいたときも見せていたが、完全ではなかった。ついにネロもダンテと同じく覚醒して、本来の力を使えるようになったという訳だ。スパーダの血筋の強靭さを実感する。

二人が戦う近くで寝転がっているダンテを見つけてエリカは舞い降りた。

「中々いい格好だな」

「それはどうも。それで……どういう状況?」

悪魔化したエリカの姿を下から上へと視線を滑らせて、ダンテはニヤリと笑った。セクハラ発言をさらりと受け流し、悪魔化を解いて状況説明を促す。おおよその予測はついてはいるが一応だ。

「このくそ喧嘩を止めるんだとよ」

「あぁ。ネロらしいね」

苦笑をこぼして、戦う彼らを見つめた。双子の喧嘩の仲裁──ネロらしい結論だ。昔からネロはそういう男だった。口は悪いが成すことは、眩しすぎるくらい真っ直ぐで。私とは、大違いだ。

バージルも魔人化し、青白く光る分身を作り出してネロに応戦する。ネロは二人分の攻撃を軽々といなすとレッドクイーンを唸らせた。噴射剤が匂いが強くなり、火花を散らす。

「こんの……クソ親父!!」

勢いに任せて乱暴に振り抜いて分身を両断した。しかし、攻撃直後の僅かな硬直をバージルが見逃すはずもなく、ネロの横腹に閻魔刀を突き刺す。

「ぐっ……!」

苦悶の唸り声を上げてよろめきながらもネロは刺さった閻魔刀を引き抜き、バージルの腹部へと突き出した。当然バージルは退こうとしたが青白い腕がそれを阻んだ。夥しいほどの赤が飛び散り、二人を汚す。

思わず駆け寄りたくなったが、ぐっと堪えた。ネロとバージル。どちらが傷付くのも見ていられない。それでもこの方法でしか彼らが止まらないのもエリカは理解している。

何度も怯み、何度も打ち合って、やがて、ネロが魔人の腕でバージルを殴り飛ばした。

「これ程とは……」

バージルが膝をついた。疲弊しながらも受け身はしっかりとる辺りは流石、としか言いようがない。

「ははは……マジかよ。息子の腕まで奪っといて負けるかね?はは……」

「そんなことより!街の魔界化が進んでる。手遅れになる前に止めないと!」

世間話でも始めそうな調子のダンテにネロが怒鳴る。タイミングを謀ったかのように地鳴りがして、足元が揺らいだ。クリフォトが勢力を増して、徐々に人間界を侵食している。放っておけば人間は悪魔に滅ぼされてしまう。

「早く"扉"を閉じなきゃ、不味いわね」

「おい。負けたんだから働けよ」

肩で息をしながら、バージルが立ち上がる。ふ、と呼吸を整えるように息を吐き出した。

「俺はまだやれる。だがこれ以上魔界化が進めば、勝負どころではなくなりそうだな」

「お前にしちゃ、賢い判断だな」

ダンテがバージルの背を追いかけるように歩く。勝負はその後だ、なんて言っている辺り、彼らはまだ喧嘩をするつもりらしい。

「待て!どこ行く気だ!」

そのままエリカとネロを放置してどこかへ行こうとする二人に待ったをかける。

「魔界からクリフォトの根を絶つしかない。その上で閻魔刀を使って"扉"を閉じる」

「待てよ。戻る方法がないだろ?」

「だから俺も行く。一人じゃ寂しいだろうしな」

ダンテは何でもなさそうに笑っていたが、つまるところ暫く帰るつもりは無いみたいだ。それにしてもあの双子は散々"クソ"だとか"負け犬"だとか言い合っていたが結局のところ喧嘩するほどなんとやら──ならしい。

「だったら、俺も一緒に──」

「お前がいるから行けるんだ!こっちはお前に任せるぞ」

そう言われてしまえば、ネロは言葉を詰まらせる。これはあくまで彼ら三人の問題だ。エリカは成り行きを黙ったまま見守った。

「おい、待てよ!」

歩き出した二人にまだ納得が出来なかったらしく、止めようとしたネロに息のあった二人の裏拳が決まる。手加減はしていたろうが、見事なそれに思わず「わぁお」と声が漏れた。吹っ飛ばされたネロの心配はその後だ。

「二人とも風邪引くなよ。じゃあな」

かっこつけた軽い敬礼をすると、ダンテは軽やかにクリフォトから飛び降りて行った。

「次は負けんぞ……それまで預けておく」

ネロの足元に詩集を投げた後、バージルはゆっくりとエリカへと視線を向けた。とくりと心臓が一際大きく脈打つ。胸元を押さえて、掠れた声で「バージル」と名前を呼んだ。

「お前には世話になったな……。あの時お前が身を呈して護ってくれなければ俺はいなかっただろう……感謝する」

「!」

あぁ、やっぱり──穏やかに微笑むバージルを見て、胸につかえていた答えがすとんと落ちる。クリフォトの縁からダンテを追うようにバージルは魔人化して飛び降りた。力強い羽音が離れていく。

「……ネロ。私も行ってくる」

「は?」

遥か下方。クリフォトの根本を見つめて、私はネロに告げた。今行かなくちゃきっと後悔する。

「キリエに心配かけてごめんって言っといて!」

「は?お、おい!ちょっと待て!エリカ!?」

ネロの静止の声を無視して悪魔化するとエリカはクリフォトから飛び降りた。両翼を羽ばたかせて真っ直ぐに落ちていく。

Vは消えてない。ちゃんとバージルの中にいるのだ。さっきの言葉でそれを確信した。なら、私は一緒にいたい。例えその先がどんなにひどい所だったとしてもいい。魔界だって彼がいれば、きっと大丈夫だ。

魔界の奥底で剣を振るう青い影を見つけて私は勢いよく飛び付いた。

「"V"ergil!」


-fin-

背中を追いかけて

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