クリフォトの頂上は想像していたよりも美しかった。青空が広がり、どこまでも続く穏やかな平原──しかし、ひび割れた景色の向こうは薄暗い闇が広がっていて、この場所がまやかしだと告げている。
ユリゼンの正体はダンテの兄であるバージルだとVに聞いた。兄弟同士で争いあっていたのだ。命を賭けて。
弟に勝つために力を追い求めた兄。人間の姿さえ捨ててまで力を求めて、弟に勝つことを望んだ。その気持ちは解らなくも無いけれど。
結果は──
「遅かったな。もう終わりだ」
だだっ広い平原に立っているのはダンテだった。禁断の果実を口にしても、ユリゼン──否、バージルは弟には勝てなかったようだ。
「あれが"兄貴"?」
「一応な」
「あんたの家族が……全ての元凶?」
「その通り」
ネロとダンテが会話をする横で、Vが杖をつきながらユリゼンへと歩み寄ろうとしているのに気付き、エリカは肩を支えた。荒い呼吸が耳元に降りかかる。それに混ざって「すまない」と小さな謝罪が聞こえた。
「これくらい、気にしないで」
「……お前に、謝っておきたかった……」
何に対してだ、と聞こうとしてVを見上げてエリカは口をつぐんだ。Vが泣きそうな顔をしていてエリカは言おうとした言葉を飲み込み、代わりに小さく頷いた。
「ここまででいい──」
ユリゼンの身体に触れ、Vは力なく笑う。歩くこともやっとなVですら振り払う力も残ってはいないのだろう。ユリゼンは指先ひとつすら動かさずにただただ自らの腹に乗ったVを見つめていた。
「無様だな。もはや俺に抗うことさえ出来ないのだろう」
「まだ……負けていない……ダンテには……」
"力"をくれ。もっと"力"を──まだ力を求めて、Vに懇願する。
「分かるさ。"俺"は"お前"だからな。俺達は
ふたつに別れても、その想いだけは繋がっていた」
そばでVの囁きを聞いていたエリカははっとする。
おかしいと思っていた。Vは何故ユリゼンがバージルだと知っていたのか。どうしてVが身体がボロボロになってでもユリゼンに会いたがったのか──勘のいい自分が嫌になる。
「"汝が枝は我が枝と交わり、我らが根はひとつとなれり"」
だとしたら、Vは──
「まずい!やめろ!!」
ダンテが叫び、駆け出した。けれど、間に合わない。Vが振り上げた鋭い杖先はユリゼンの心臓を貫いた。
「──っ!?」
その瞬間、蒼い閃光が走った。ユリゼンとVを中心に衝撃波が起こり、エリカの身体は吹き飛んだ。咄嗟に顔を庇い、受け身を取ったお陰で何とか大怪我は免れた。訳のわからぬまま爆心地を確認する。この仮初の世界を形成していた物は崩れ去り、青空は消え、赤黒い真実の世界が顔を出した。
「あれは──」
そこにVの姿はなかった。代わりに青っぽいコートを纏い、片手には白い柄の刀を携え、銀髪を逆立てた男が立っている。その顔はダンテと瓜二つの顔をしていた。
彼が──バージル。
どことなくネロにも雰囲気が似ているのはつまるところ"そういう"事なのだろう。Vの気配も名残も欠片もそこには見当たらなくて、胸にぽっかりと穴が空いたような感覚がした。
バージルは足元に落ちていたVの詩集を拾い上げて感慨深そうに眺める。
「まさか舞い戻ってきたとは……往生際が悪いんだよ!」
ダンテが魔剣を振りかざしたが、バージルは容易く受け止める。そして魔剣を押し返し、目にも止まらぬ一閃を打ち込んだ。しかしダンテも簡単には食らわない。力任せに魔剣を振り抜き、刀を弾き飛ばした。
胸を押さえながら、睨み合う双子の成り行きを見守る。
「今のお前に勝っても無意味だ」
「うるせぇ、来いよ!」
「まずは傷を癒し、力を戻せ。勝負するのはその後だ」
長くつばぜり合いをしていたが、バージルが刀でダンテを押し飛ばした。強がってはいたがユリゼンとのダメージは間違いなくダンテの身体に蓄積している。
傷だらけのダンテに用はないらしい。バージルは踵を返していた。
「V……」
バージルに対してそう呼ぶのはおかしなことかもしれない。けれど、離れていくその背中を見て呼ばずにはいられなかった。
独り言にも似たその小さな呼び掛けが聞こえたのかバージルは振り返る。Vとは全く異なる色彩がエリカを射ぬいた。
「Vは……もう、いないの?」
「……」
バージルは答えてはくれなかった。ただ少し寂しそうに、悲しそうに、エリカを一瞥すると閻魔刀で空間を切り裂いて次元の間へと消えていった。
復活と消失