- ナノ -
ネロの声が聞こえて、エリカは立ち上がり振り返った。すっかりと変わり果てたエリカの姿を爪先から顔まで視線をなぞって、ネロは「何があったんだ」と問い掛けてくる。かくかくしかじかでなんて誤魔化すと頭を小突かれた。地味に痛い。

「ふざけるなよ。一体何があった?」

「……端的に言うと帰天したよ」

あっけらかんと爆弾発言。

「……はぁ!?」

やや間あってからネロが大声をあげる。叫びにキーンとした耳を押さえた。

「帰天って……お前、悪魔に──」

「悪魔になったこと、別に後悔なんてしてないよ」

悪魔だろうが人だろうが関係ない。エリカはエリカだ。結果Vは助けれたし、エリカも生きている。死ななければ、それが最善だ。
「でも」とネロは納得いかなそうな表情をする。全くもってネロはお人好しすぎだ。エリカが悪魔になってしまったことを半分くらいは自分のせいだと思っているに違いない。

「ちょうどイメチェンしたかったとこなの!ねぇ、V、銀髪どう?似合う?」

「……あ、あぁ。似合っている」

いきなり話題を振られたVは戸惑いながらも小さく頷いた。

「はい!てなわけでこの話、終わり!」

「ちょっ!お前!勝手に終わんな!」

終わらせようとしたが、ネロがしっかりと噛みつく。それからぐちぐちとネロの姑ばりの小言が続き、エリカは耳を押さえて声をあげた。

「あーあーあー!もう!聞こえませーん!」

何だってこんなクリフォトまで来てネロの小うるさい言葉を聞かねばならないのか。言い返せば言い返すほどヒートアップする言い合いは、エリカの悪魔化から話がずれても終わりを知らず延々と続いた。

「なーんか寂しそうじゃねぇの、Vちゃん?」

「別に、そんな事はない」

「フーン?何でもないってツラしてねぇと思うけどなァ?ケケケ!」

ぎゃあぎゃあと喧しく騒ぎ立てる二人の脇で突っ立っていたVとグリフォンがそんな会話をしていたのをエリカは知らない。





ネロとエリカの言い争いはグリフォンの「んなことしてるとダンテがユリゼン倒しちまうぞ」という一声で何とか収まった。あれだけ口論したというのに、まだ言い足りなさそうなネロを横目にエリカはVを見た。

元々身体は良くは無さそうだったが、戦闘や歩きづらいクリフォトのせいでかなり体力を削られたのだろう。酷く消耗しているようだ。

「V、大丈夫?」

「あぁ……」

口ではそう言っているものの、Vの額には汗が滲み、顔色は青白く、皮膚はひび割れていた。風が吹いたら倒れそうな儚げな雰囲気まで出てきている。そんなVを見てネロが黙っている筈もなく。

「引き返せよ。その身体じゃキツい」

ここまで来て引き返すのも中々酷だと思うが、確かにこの状態でユリゼンの元に行くのは危険だ。ダンテが間に合っていなかったら、ユリゼンがクリフォトの禁断の果実を手にしている可能性もある。

しかし、Vは拒否するように首を横に振った。

「そうはいかない。行かなくては……」

「V!」

「無茶だ。休んでろよ!」

無理に歩こうとして倒れ掛けた身体をギリギリでエリカが支える。荒い呼吸をしながら、Vは懇願した。

「俺を……ユリゼンの元へ……」

「そこまでして──」

「頼む!最後の頼みだ……」

言葉を被せてまで言われて、ネロとエリカは顔を見合わせた。肩を竦め、渋々といった様子でネロはVに歩み寄る。

「エリカ、代われ。俺が支える」

「あぁ、うん。助かる……」

エリカの代わりにネロが肩を貸して、Vを支えた。ゆっくりと歩き出す二人の後ろを同じように歩いた。

それにしても、そこまでしてVがユリゼンに会いたい理由とは何なのか──その答えはエリカの中にはない。

"最後の頼み"──。

「V、いなくならないよね?」

小声で呟いたその問いは誰に聞こえないまま虚空に消えた。

最期なんて言わないで

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