side:V
魔力切れで思うように動かぬ身体を引き摺り、Vは変わり果てたエリカに近づいた。笑みとも怒りともつかぬ表情を浮かべたまま、延々と刀を振りかざすエリカは悪魔そのものだった。
「エリカ、止めろ」
静止の声が聞こえたのか、もう刺すものがなくなってしまったからか、ピタリとエリカは動きを止める。ゆっくりと振り返り、赤く染まった鋭い瞳孔がこちらを射ぬいた。Vは身体を硬くした。自我を失くしていたら襲われる可能性もある──唾を飲み込み赤い双眼を見つめた。
「……っ」
「良かった。Vを守れて」
薄く笑んでエリカはその場に崩れ落ちた。羽根は消え、人の姿に戻ったエリカの身体を抱き上げる。長く艶やかだった黒髪だけは銀色のまま戻っていなかった。
「何故……そこまで、俺のために……」
昔から付き合いのあるネロならまだしも、エリカとVは今日出会ったばかりだ。数時間程度、それに大した会話もしてはいない。それなのに、どうして──。
「……何でだろうね。私にも、分からないや」
「……」
「けど、Vに消えてほしくなかった……」
残り滓で消えるのを待つだけの運命のVにその言葉は重く響く。掠れた声で名前を呼ぶとエリカは嬉しそうに微笑んだ。
──もし俺の成そうとしている事を知ったら、エリカはどんな顔をするだろう?
想像してつきりと胸が傷んだ。バージルが求めていた独り善がりの力ではなく、誰かを護る力がVにもあればこんな思いをすることもなかったのに。自身の情けなさに嫌気がさす。
「──V」
そっと頬に手を伸ばされた。
「そんな顔、しないで」
冷えた指先に手を重ねる。お互い冷えきっていて温もりの欠片すら感じられなかった。
「超オアツイ所悪いけどよォ!!アイツらヤバそうだぜ、エリカちゃん!」
「「!?」」
にょきりと姿を表したグリフォンの声にエリカとVは勢い良く離れた。勢い余ってエリカは色んな所をぶつけながら立ち上がる。先程までの空気はかき消されて、何とも言えない気まずさだけが残っていて、互いに視線を反らした。
「えぇっと……そう!アトラとアルバ!」
空気を切り替えるように手を叩き、エリカはぐったりとした2匹の元へ駆け寄る。弱々しい呼吸をする彼らの首筋を撫でて、エリカは眉を下げた。アルバも叩きつけられていたから軽傷では無いが、アトラは殊更酷く腹を抉られて内臓と骨が幾つか見えてしまっている。
「ごめんね。無理をさせちゃったね」
顔をあげることも出来ないようで、返事の代わりに少しだけ身を動かしたアトラにエリカは「ごめんね」と再度謝罪を繰り返した。
「私は大丈夫だから、アルバと一緒に休んでて」
エリカが言うと2匹は影に溶けて消えていった。後に残された血溜まりを見つめて、エリカは暫し動かなかった。気の利いた言葉などVに掛けれる筈もなく、ただ側で立ち尽くす。
「V!エリカ!!」
どうしようかと悩んでいると遠くから、ネロの声が聞こえた。
残り滓の想い