アトラもアルバも力及ばず、倒されてしまった。やはりマルファスは強い。刺された脇腹から溢れてくる血もこれ以上流し続ければ死ぬ。痛みを誤魔化すようにふぅ、と息を吐き出して、顔を上げた。
Vと目が合う。逃げてと言ったのに、彼はまだいたらしい。身を乗り出したVに頭を振り、大丈夫と合図をする。まだ奥の手は残っている。
「……マッド、サイエンティスト、ってさ……やっぱ最後は……自分の、身体で実験するのが……定番、だよね……」
「小娘が何を言っている?」
ふふ、と笑みが漏れた。満身創痍の身体で立ち上がり、徐にコートの内ポケットに手を突っ込んだ。
(本当は使うつもりなんて一生なかったんだけど……)
目的のものを探り当てて、引っ張り出す。手のひらサイズのペン型注射器。中で赤い液体がてらてらと不気味に光っている。息を吸い込んで、一思いに首筋に突き刺した。遠くでVの声がした。
(Vが助かれば、それでいいや)
ぷつり。細い針が皮膚を割き、液体が身体に入り込んでくる。
「──っ」
身体中の血液が沸騰するような感覚に胸を押さえ、歯を食い縛った。
──これが。これが帰天。教団が生み出した悪魔を身体に宿す儀式だ。"儀式"なんて崇高ぶっているが、ただの実験の延長みたいなものだ。
成功するかどうかは五分五分。失敗したらエリカは自我を持たない狂った悪魔になるだろう。それでも、時間稼ぎくらいにはなる。
「……っぁあああああ!!」
身体中を乱暴にかき混ぜられるような感覚に吐き気がした。細胞の一つ一つが作り替えられて、めりめりと身体が膨れ上がる。皮膚を破り、硬い悪魔の装甲が姿を表した。髪は銀に染まり、耳は尖って、そのすぐ上にはうねった太い金の角が両サイドに2本。
「な、何だ!?その姿は……魔力は……!?」
「ぐが、ぐ……」
身体をかき抱き、背中の変形に堪える。大きな天使のような白い翼が六つ、広がり羽根が辺りに散らばった。
ようやっと変形が止まった。爪の伸びた手のひらを見つめて、軽く開閉を繰り返す。魔剣教団のアンジェロシリーズと似た白亜の鎧が身体を覆っていた。気分は──悪くない。むしろ身体が軽く、今ならあれくらいの悪魔なら瞬殺できそうだ。
「所詮人間は人間よ!!」
急接近してきたマルファスの動きもスローモーションに見えた。地面を少し蹴るだけで軽やかに舞い上がる。
「これなら勝てる」
どうすれば攻撃できるか、無意識に理解していた。魔力を放出すると青い刃が複数出現し、一直線にマルファスへ飛んでいきその身体を切り刻む。
「ぐあぁっ!!この……この小娘が……!!死ぬがいい!!」
怒りに狂ったマルファスが踏み潰そうと飛びかかってきた。静かに手を上に上げる。青色の薄膜がマルファスの攻撃を受け止め、その瞬間に鋭く尖った。
「クッ!小癪な!!」
足先を刺され、血を撒き散らしながらマルファスは唸る。
「ふふ……死ぬのは貴方よ」
「何を──!!」
目にも止まらぬ早さで刀で構え、怪鳥の首を一閃した。ごとり、と巨大な首が地面を転がる。血が噴き出し、エリカの全身を濡らした。
「死ね」
聞き苦しい悲鳴を上げてよろめくマルファスの胸元を目掛けて刀を貫いた。
どす──どす──抜いては刺す。殺さなければ。殺さなきゃ……守るために。何度も何度も繰り返す。消えるまで何度も。その度に血が噴き出す。全身に降りかかる生暖かい液体も今は気にならなかった。
いつの間にかマルファスは何も言わなくなっていた。それでもずっと刺し続けた。塵になるまで──ずっと。
護るためなら