- ナノ -
side:V


せめてここにネロかダンテが居てくれれば──そんな起こり得ない希望を求めてしまう情けない男だ。

閻魔刀に良く似た刀を取り返したまでは良かったのだが、やはりマルファスは強く、思うように攻撃を食らわせれないまま時間だけが過ぎていた。そうこうしているうちにアトラが怪鳥に腹を抉られた。

「アトラ──っ!?」

気をとられたエリカの腹に槍が突き刺さる。よろめいたエリカへ更に追撃しようとマルファスは巨大な趾をもたげたが、すんでのところでアルバがエリカを咥えて逃げた。
片手で脇腹を押さえ、刀を杖にしながら立ち上がる。夥しい量の血がボタボタと溢れ落ち、足元に血溜まりを作った。内臓を幾つか損傷したせいだろう。エリカは口からも血を吐き出して苦々しげに顔を歪めた。

半魔のダンテならまだしもエリカはただの人間だ。立ち上がるのもやっとの筈なのに、まだ戦おうとするその姿はVには眩しすぎた。

「アルバ、まだ……戦える?」

その問いに答えるようにアルバは咆哮した。「流石ね」とその背をエリカは撫で、一度目を閉じる。そして静かに瞳を開き、ゆっくりと刀を構えた。パチ──青白い電光が弾ける。

先に動き出したのはマルファスだ。

「往生際の悪い小娘め!大人しくあのお方の贄となるがいい!」

太く短い羽根を羽ばたかせて、マルファスが跳躍する。踏み潰すつもりらしい──が、エリカはアルバの背中を掴み、即座に落下地点から退避していた。地響きもものともせずにアルバが攻撃直後の硬直を狙って刃の付いた前肢をしならせる。

だが、その攻撃もマルファスの皮膚を僅かに削った程度でまるで効いていない。反撃を喰らう前にアルバは引き下がり、身を低くして再び攻撃の機会を窺っている。

「行くよ!アルバ!」

エリカの声を合図にアルバが一際大きく咆哮し、衝撃波を発生させた。続けて飛び上がり、回転して尖った尾をマルファスにぶつけていく。
アルバが気を引き付けている間にエリカも間合いを詰め、足元に潜り込むと刀を振り上げた。青白い電光が迸り、マルファスの腹を刻む。

「ぬぅ……!!」

よろめき、マルファスが膝を付いた。エリカは転がって押し潰されるギリギリでマルファスの下から抜け出す。

アルバが翼に噛みつこうとした時だった。

「なめおって!!」

紫電の衝撃波がアルバを吹き飛ばした。もろに攻撃を受けたアルバは壁が陥没するほど強くぶつかり、動かなくなった。

「アルバ……!!」

側にいたエリカは何とか衝撃波をいなしたものの、やはり傷が痛むのか動きは確実に鈍くなっている。顔色も明らかに青く血の気がない。

「くっ!」

ぐにゃりと歪んだ空間から飛び出した幾つもの槍を間一髪で弾き返し、エリカは素早く本体に斬りかかった。

──が、刃は届かなかった。攻撃を見切られ、後退したマルファスが助走をつけ、その巨体をエリカに叩きつける。何とか逃れようとエリカは身をよじったが傷ついた身体では避けきることは出来なかった。

「ぐあっ……」

突進を喰らい、アルバ同様に壁まで飛ばされたエリカはずるずると落ちて座り込んだ。手を離れた刀は力を失ったように姿を消した。

アトラもアルバも塵にはなってはいないが虫の息だ。エリカを助けることは出来ないだろう。今、この場で動けるのはVだけだ。

(どうする……?)

身体も満足に動かせないVが行ったところで事態は好転しない。むしろ悪化するのは目に見えている。だからといってエリカを見殺しには──。

項垂れていたエリカがこちらを見上げていた。離れていたが微かに微笑んだのが分かった。そしてゆっくりと首を横に振る。まるで助けなど必要ない、とでも言うように。

「……マッド、サイエンティスト、ってさ……やっぱ最後は……自分の、身体で実験するのが……定番、だよね……」

傷だらけの身体で立ち上がり、エリカは薄い笑みを浮かべた。そして胸元から何かを取り出す。此方からはそれが何なのか判別できなかった。だが、嫌な予感がした。

「エリカッ!止めろっ──!!」

思わず俺は叫んでいた。

──どくり。鼓動するように膨大な魔力が辺りに充満する。苦しげに胸を押さえるエリカに固唾を呑んだ。

「……っぁあああああ!!」

悲鳴を上げた瞬間、異変が起きた。皮膚は破れ、代わりに白い鎧が身を覆い、髪は銀に染まる。頭には2本、金色の角が生えていた。

「な、何だ!?その姿は……魔力は……!?」

エリカの変貌はまだ止まらない。背中が盛り上がったと思った次の瞬間には、白く大きな翼が六つ広がった。

白い鎧に翼、悪魔と言うよりは──天使と呼ぶ方が合っている。エリカは身体を確認するように何度か手を動かしていた。

「何をしようが、所詮人間は人間よ!!」

槍を片手に猛進してきたマルファスを、エリカは翼を広げて軽やかに跳躍して避ける。そして空中でくるりと一回転するとその背に青白く光る刃を大量に出現させた。
手を振るうとそれぞれの刃が一直線に向かっていき、マルファスの身体を刻んだ。

「ぐあぁっ!!この……この小娘が……!!死ぬがいい!!」

怒り狂った様子でマルファスは巨大な怪鳥部分で地団駄を踏み、勢いよくエリカに向かって飛びかかった。しかし、その攻撃もエリカには通用せず、反撃を喰らったマルファスは怯んで後退する。

「ふふ……死ぬのは貴方よ」

「何を──!!」

エリカが笑った瞬間、青い閃光が走る。刹那、怪鳥の首が堕ちて地面に転がった。返り血に染まりながら、笑みを浮かべるエリカは人間の筈なのに本物の悪魔に見えて──Vは顔をしかめる。

「死ね」

弱ったマルファスの胸元に刀が貫通した。悲鳴とも呻き声とも取れない聞き苦しい声を上げるマルファスに何度も刀を突き刺す。悲鳴が聞こえなくなっても、何度も。

「何だよ、アレ。俺らより悪魔みてぇ──んげっ!」

「少し戻っていろ」

喧しく鳴くグリフォンを強制的に引っ込めて、Vは思うように動かぬ身体を引き摺りながら変わり果てた背中に近づいた。

変貌

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