- ナノ -
side:V


強く揺すられる身体と自らの名を呼ぶ声で意識が浮上した。重く、そして痛む身体を脆い両腕で押し上げるとそばで安堵の息が漏れる。しかし、それもVのもたげた顔を見ると引っ込められた。

「……大、丈夫、じゃないわね」

悪魔の罠に囚われて搾りカスしか残っていない魔力を更に削られたせいで、身体が崩壊しないように保つのもギリギリだ。そこかしこがひび割れ、今も少しずつ削れている。もって後数時間──それまでにユリゼンの元にたどり着かねば、Vは消えるだけだ。

「このくらい、問題ない……行くぞ」

四肢に鞭を打ち、立ち上がる。ずくりと全身が痛んだが気のせいだと自身に言い聞かせて一歩を踏み出す。ふらついた身体をシャドウが素早く支えてくれたお蔭で倒れずにすんだ。「でも……」と渋い顔をしたエリカを無視して、足元のシャドウを滑らせる。

「あっ……もう……無理は厳禁だからね」

止めても聞かないと察したらしく、エリカはため息混じりに首を振っていた。物わかりが良くて助かる。

「グリフォン、Vが危なそうだったら教えてね」

「おう!任せとけ、エリカちゃ──ぐぇっ」

勝手に了承しようとするグリフォンの口に杖を突っ込み、黙らせる。悪態を飛ばすグリフォンの声を聞き流していると最終的にエリカに泣きついていた。

その光景になぜかもやっとした。

(……?)

胸に手を当てて、考え込む。
痛い訳じゃない、まるで燻るような感覚。初めて感じるそれはVには理解する事が出来なかった。

「V?」

エリカが心配そうにこちらを覗き込んでいた。Vよりも頭ひとつ分以上背の低い彼女は必然的に上目遣いになる。とくり──色素の薄い瞳に心臓が不自然に動いた。

「……いや、何でもない。先を急ぐぞ」

ふい、と視線を反らして、止まっていた足を動かした。
わからない。分からない。解らない事ばかりだ。胸の鼓動のイミも、先程の燻りも。

少し先へと進んだ。悪魔はダンテとネロに集中していたのかもしれない。全く出会わずに済んだのはありがたかった。

(…………)

お互い、何も言わずに黙々と足を動かす。敵のいない今はグリフォンも体力温存のために身体の内に戻っているため、二人の間には沈黙が流れていた。

「……V、あれ」

前を歩いていたエリカが声を潜めて、Vを呼んだ。隣に並びその先を確認すると洞窟のような岩肌の広く薄暗い空間の中央にはマルファスがいた。背中を向けており此方には気づいていないようだ。
先程、一時的にとはいえVからグリフォン達を奪ったのも十中八九マルファスで違いないだろう。

「間もなく"あの方"が果実を喰らう。ムンドゥス亡き今、人間界の支配は"あの方"が為すのだ」

身を屈めてマルファスの様子を伺っていたのが悪かった。手元の瓦礫が溢れ落ちてしまった。静かな空間にカラカラという小石の落ちる音が響く。

「どうやら、ネズミが紛れ込んだな。さぁ出ておいで……!」

不味い──素早く身を引いたが遅かった。少しずつ不気味な笑い声が近づいてくる。ここにはダンテもネロもいない。上手く逃げる術も考え付かない。

情けなくも尻餅をつき、へたりこんだVの横をエリカが駆け抜けた。

「Vは逃げて──」

通りすぎ様に掛けられた言葉は自身を庇う物で。Vはただ呆然とマルファスに向かっていくエリカの背中を見つめた。

無理だ。マルファスに勝てるはずがない──それは自分が一番良くわかっている。それでもエリカが飛び出したのは、Vが気取られてしまったからだ。

「おい、V逃げようぜ。ここはアイツに任せてさァ……」

置いて逃げる。そうだ。グリフォンの言う通り逃げればいい──なのに、出来なかった。置いていきたくないと思ってしまった。
けれど、弱りきった身体では手助けすることも出来ない。足手まといになるだけだ。

「聞いてんのか、V。今のお前があんなのと戦ったら一溜りもねぇのはわかりきってんだろ?」

なぁ。と促される。そんなこと自分自身が誰よりもよくわかっていた。その言葉を聞こえない振りをして、マルファスとエリカの戦闘に目を向けた。

エリカの従えている2匹が初めに飛びかかった。マルファスの下半身の怪鳥部分の両翼にそれぞれが噛み付くが、すぐに振り払われる。エリカも斬りかかるが、槍に阻まれた。
弾かれて後退──もう一度刀を振りかぶったが、マルファスは空間を歪ませてゲートの中へと引っ込んだ。

「くっ……」

背後に出現したマルファスをギリギリの所でエリカは横に避けた。鋭い趾が地面に三本線を描く。ただの人間が一撃でも食らえば一溜りもないだろう。それでも、何とかエリカは避け、攻撃を繰り出していた。

地面から突き出た針をジャンプで避け、もう一度刀を振るう。

「そのような攻撃が私に効くか、愚か者め!」

刀が嘴に止められる。そのままエリカは刀ごと振り回され、堪えきれずに振り飛ばされた。叩きつけられる直前にアルバが滑り込み、エリカを救出し、アトラが針金のような尾を振り回してマルファスを下がらせる。

エリカが叩きつけられなかったことにほっと胸を撫で下ろした。しかし、戦況は芳しくない。確実にエリカの体力は削れ、悪魔の2匹も疲弊し始めていた。
得物が手元から離れてもエリカは恐れもせず、立ち上がりマルファスを睨む。

「折れていないなら……まだ戦える。行くよ、アトラ!アルバ!」

再び駆け出したエリカはアトラの背に飛び乗り、マルファスに接近した。
戦う人、守られる人

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