- ナノ -
死を、覚悟した──筈だった。

「え──?」

赤く輝く悪魔がエリカとユリゼンの間に立っていた。手には赤く光る太い剣を持ち、その背には黒い六枚羽根が生えている。今までに見たことのない悪魔だ──だが、どこか既視感を感じさせる。

「──ダンテ?」

ぽつりと漏らす。確信があったわけではない。ただその纏う雰囲気がダンテを彷彿させた。

「死ぬワケねぇよな……だったら、仕方ねぇ……見せ場は譲ってやるよ……」

そう感じたのはネロも同じだったようだ。憎まれ口を叩きながら、気絶したネロに慌てて駆け寄る。

「アトラ、ネロを乗せて!」

気を失った男ほど重いものはない。ただでさえ体格差があるネロを抱えあげるのはかなり厳しい。アトラが腰を下げてくれたおかげで何とか背中に乗せた。少々アトラの刃で服が切れたがそれは大目に見てほしい。

「おい、早くとんずらするぜ、エリカちゃん!」

「グリフォン!」

頭上から羽音を立てながらグリフォンが現れた。Vが近くにいるのでは、と視線を動かそうとしたがグリフォンに急かされ、諦めてアルバに跨がる。
振り返るとダンテと目があった。ダンテの意図を感じとり小さく頷くと、エリカはネロを連れてグリフォンと共にその場から逃げ出した。

「Vは?」

「別行動中だ。ま、俺が消えてねぇなら、まだアイツも生きてる。安心していいぜ、エリカちゃん」

グリフォンに先導され、エリカは言葉を交わしながらクリフォト内を逆走する。アルバに乗っている分、ある程度の高低差には融通が利く。エリカ一人では登れないような高い段差を悠々と飛び越えたアルバの背を優しく撫でてやった。

「消える?」

不可解な言葉に聞き返す。

「俺たちゃ悪夢だ。不確かな存在でしかねぇ……だから、Vにとり憑いて、力を貸してやってるって訳よ」

「"悪夢"……ね。通りで妙な気配がしてたのね」

悪魔に止めがさせなかった理由はそれか。グリフォン達はそこに存在しているようでしていない、幻影のような物──。
納得するように頷き、「それで」と続きを促した。

「それでってぇ?」

「V……Vは……いいえ、やっぱりいい。そう言うのは本人に聞くべきだし」

「そぉ?エリカちゃん、意外と律儀なのネ」

聞こうとして止めた。本人に聞くべき、だなんて建前だ。本当は──真実を知るのが怖かった。

(Vもいつかは……)

一番嫌な未来を想像して、エリカは顔をくしゃりと歪める。そうならない事を願うしかエリカには出来ないけれど。

遠くにモーターホームが待機しているのが見えた。

臆病者は耳を塞ぐ

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