- ナノ -
道中、色々と面倒はあったが、何とか最深部までたどり着けた。全身にこびりついている乾いた血を払い落としながら、エリカは正面の扉を見た。
この向こうにユリゼンがいる──見えなくとも判る存在感に冷や汗が流れた。今まで見てきた悪魔の中でもより強力で凶悪な気配だ。

「……エリカはここで待ってろよ。流石に守りながらアイツと戦うのは無理だ」

扉の前で振り返り、ネロが言う。

「けど……そうね、うん。分かったわ」

拒否しかけて、止めた。あの伝説とまで呼ばれたデビルハンターのダンテでさえ、仲間二人と束になってかかったのに倒されたのだ。エリカ一人が増えた所で戦力になるどころか足手まといになる。そのくらいなら初めからいない方がいいだろう。

ネロ一人で勝てる確証もないが。

「あぶねぇと思ったらお前一人でも逃げろ」

エリカが小さく頷いたのを見てから、ネロはユリゼンへと続く扉に手をかけた。

「──っはぁ……」

ネロを見送り、エリカは崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。今までとは段違いに激しい戦闘音が扉を一枚隔てた先で聞こえてくる。明らかにエリカに太刀打ちできる相手ではない。しかし、ネロを放って逃げたら──間違いなくエリカは後悔するだろう。

「でも……」

胸の内ポケットに入っている物に触れる。これを使えばあるいは──。

ヒヤリと冷たいそれは自分の過去の罪をいつだって思い出させてくれる。自嘲するように薄く笑みを浮かべた。心配するように影から出てきたアトラが、鼻先を擦り付けてくる。

「大丈夫……もしもの時はネロをつれて逃げればいいわよね?手を貸してくれる?」

泥臭くたって、ダサくたって、生きていれば勝ちだ。アトラとアルバの機動力があれば、ネロを連れて逃げることだって可能なはずだ。

アトラを撫でて、エリカは立ち上がった。

「ぐあぁーーー──」

向こう側から聞こえてきたネロの悲鳴にエリカはハッとする。扉の僅かな隙間からネロが触手に締め上げられているのが見えた。レッドクイーンも手から離れている。

やはり、恐れていた事が起こった。

本当ならクリフォトの調査だけのつもりだったのに──気がつけばエリカはユリゼンの前に飛び出して、ネロを掴む触手を目掛けて刀を振り下ろしていた。

「悪いけど、ネロは殺らせないわ」

「……バカ……お前、逃げろって……」

「……ネロが死んだら、キリエが悲しむでしょ」

触手から解放され、苦しげに肩で息をするネロに微笑み、エリカは玉座に座する魔王ユリゼンを見上げた。顔面が黒い手のような物で覆われたその隙間から、鋭く尖った幾つもの瞳が此方を射ぬく。

「脆弱な人間風情が邪魔をするか……出てこなければ見逃してやったものを──」

「へぇ?意外とお優しいのね」

震えを誤魔化すように刀を強く握りしめた。強がりなんてユリゼンにはお見通しなのだろう。

「見逃すってもこの場限りでしょ?クリフォトの入り口は閉じちゃってる」

唾を飲み込み、必死で言葉で武装する。逃げられる確実な隙を探して、時間を稼ぐ。

「見逃すって言うならクリフォトからも脱出させてくれないとね」

「よく回る口だ……余程死にたいと見える」

「……おっと……そんなつもりはないけど……」

ユリゼンの目に剣呑な光が宿って、米神に冷や汗が滲む。やはり戦闘は免れないか──それだけは避けたかったのだけれど。腰を低くして攻撃に備える。いつでも刀を振るえるように意識を尖らせた。

ツタが巻き付いたような無骨な掌がエリカに翳される。呼応するようにユリゼンの背後から先が鋭く尖った触手が飛び出した。

「もうよい、死ね──」

触手がエリカに迫り、死を、覚悟した。

VSユリゼン

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