- ナノ -
クリフォトは近くで見れば見るほど、気味が悪かった。中へと入るとその入り口は生き物の口のように閉じた。魔"樹"ではあるが、まるで意思を持っているかのようだ。

肉が腐敗したような臭いと鉄さび臭さが混ざりあった酷い臭いが充満している。

「酷い有り様ね」

「だな」

クリフォトに飲み込まれた道路や建物が半壊しつつも、内部に残っていた。組み込まれた当初に人がいたとしても、もはや生きてなどいないだろう。

「あ、ちょっと待ってて」

先へ進もうとするネロを呼び止め、腰に着けていたポーチから小さな容器を取り出して、クリフォトの黒い内壁を削り取る。素材はきちんと採取しておかなければ。

「……そういや、研究者だったな」

「そうです。研究者ですよ、と」

忘れ去られがちではあるが、エリカは研究者だ。レッドグレイブ市に来たのも元々はクリフォトの調査のためである。
地を這う血管のような赤く透ける管をつついた。黒い部分とは違い、そこは柔らかく脈動しているようだ。

「よくそんな気持ち悪いの触れんな」

「悪魔の身体を解体するよりマシよ」

触診しているとネロがうへぇと嫌そうな顔をする。フォルトゥナ時代には日がな、常日頃やっていた事だ。今さら気にすることもない。
折りたたみナイフを取り出して、薄い皮膜に這わせた。鉄の臭いが強くなる。切り口から溢れ出た赤い液体を別の容器に採り、大事にポーチにしまいこんだ。

「うん、満足」

目につく物を一通り採り終えて、エリカはネロに振り返った。


深部に進むにつれて人工物は減り、どす黒いクリフォトの壁のみになり、鼻孔を刺激する臭いも強くなってきた。一応道らしき物はあるが、それが本当に正しい道なのかは不明だ。先行くネロが悪魔を蹴散らしてくれるお陰で、エリカの負担はほぼほぼない。辺りを確認しつつ、エリカはふとVを思い出す。

(Vは、大丈夫だろうか……)

時折具合悪そうにしていたVだ。流石にグリフォン達がいるから行き倒れにはならないと信じたいが、不安は残る。やっぱり、Vに着いていくべきだったかな、と思いつつ、少しあいてしまったネロとの距離を埋めるために小走りした。

どれくらい進んだろうか。とうとう道は途切れ、ぶよぶよとした太い管が中央にある広場へ来た。ここから行けそうだな、なんて言いながら、ネロが指し示したのは明らかに道ではない血管のような管で。
みっちりとした襞のような肉をネロは押し分けて、早く来いとばかりに視線を投げ掛けてきた。

「……ほんっとうにこんなとこ通るの?」

そもそもそこは常人が入って大丈夫な道なのか疑問だ。渋るエリカに痺れを切らしたらしく、腕を引かれた。

「ちょ、ちょっと!!まっ……」

「息止めて、目ぇ瞑っときゃ大丈夫だ」

制止も聞かずにネロは身体を肉壁へと押し込んだ。反射的に息を止め、目を固く閉じた。生温い液体の激流に身体が押し流される。瞼の向こうに紅が透けて見えた。

ごぽりと、吐き出されるようにエリカ達は濁流から弾き出された。まとわりつく血臭に噎せながら、エリカは悪態を吐き捨てる。

「最悪……」

顔や髪にべっとりとこびりついた血を拭おうにも服も手も同様に血に濡れていて、どうにもならない。

急募:シャワー。もしくは水。

クリフォト内部にそんな気の利いた物がある訳もなく。お客さんが来た、とばかりに出迎えてきたエンプーサをエリカは苛立ち紛れに両断した。
魔樹クリフォト

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