- ナノ -
お食事大戦争も終わり、子供たちは外へと駆け出していった。食べたばかりだというのによくあれだけ動けるものだ。子供の有り余る元気に感心しながら、イオリはようやっと重い腰を上げた。
ダンテとバージルはネロに仕事しろと怒鳴られながら引き摺られていったため、もうここにはいない。瓦礫の撤去がどう、とか言っていたが何なのだろうか。

「これここに置いときますね。何か手伝うことありますか?」

テーブルに置きっぱなしの空になった皿を纏めてキッチンの空いている所に置く。

「ありがとう。でもいいのよ。貴方は休んでいて?」

「けど……お世話になりっぱなしですし……」

「だーめ。これは私の仕事よ」

「でも」と食い下がろうとしたが、しっかり言いくるめられる。

「そうだわ!散歩にでも行ってらっしゃい。暫く身体を動かしていなかったし、いい運動になるはずよ」

──と、有無を言わさず外に放り出された。かちゃりと背後で鍵の閉まる音がして、イオリは苦笑する。暫く帰ってくるなと言うことらしい。街を探索したかったのは事実だし、病み上がりで鈍った身体を動かすには丁度いい機会だ。

「さて、行ってこよ」

イオリはのんびりと一歩を踏み出した。

─────

ここは"フォルトゥナ"という街らしい。先程看板に書いてあったのを見かけた。
古めかしさを感じさせる造りの建物に囲まれてイオリはほう、と感動の吐息を漏らす。映画やテレビでしか見たことのない世界が目の前に広がっている。惜しむらくはこの光景を写真に納められないことか。スマホさえポケットに入れていれば本と同じように此方に持ってこれたかもしれないのに。惜しいことをした。

石畳を踏みしめて、大通りを真っ直ぐに進む。そういえばここの街の人たちは大多数がフードで顔を隠すような装いをしている。あまり余所者を受け入れない気風なのだろう。街中を進む度にこちらを探るように視線が刺さった。だが、それだけだ。悪魔のように襲ってくることもない。イオリは別段気にすることなく、探索を続けた。

「ふぅ、疲れた……」

まだそんなに歩いていないのに疲労感がすごい。病み上がり、というのもあるが、年齢による体力の低下を感じる。疲労した身体を休めようとそばにあったベンチに腰かけた。
穏やかな風が体温の上がった身体を冷ますように吹き抜ける。海が近いのか、潮の匂いが混じっていた。

(海岸線まで行けるかな……)

海なんてもう何年も見ていない。仕事が忙しかったのもあるが、インドア派のイオリがそんなアウトドア、陽キャの集う場所に自ら進んで行こうとも思わないし、そもそも海に行こう、なんて誘ってくれる友人もいなかった。それを悲しいとか、淋しいとは思ってはいないが、イオリみたいな人間は世間から孤独だとかぼっちだとかそういうマイナスのレッテルを貼られてしまうのだろう。どうでもいいけれど。

よっこらせ──おっさん臭い掛け声を付けて立ち上がる。ある程度疲れも取れたし、海を見に行くという予定もできた。イオリは早速潮の香る方向に足を向けた。

幾つかの建物の角を曲がると、視界が開けた。青空と透き通った海が混じり合う水平線が目の前に広がっている。「おぉ」と感嘆の声を漏らしながら、イオリは堤防に駆け寄った。手摺から身を乗り出しながら、海を覗きこむ。キラキラと光る波間に魚が泳いでいるのが見えた。

「……?あれ、何だろう?」

海を見渡していると海上に半壊した白い建物があった。街から離れた海岸線から橋が伸びているがその橋も倒壊している。気にはなったが、流石に遠くて行けそうにない。あそこは諦めて、今度は別の通りを歩いてみようと歩を進めた。
街を歩いていると補修工事中の建物や置かれた瓦礫がやけに目につく。他にも修繕されたばかりらしき建物も目立つ。何かひどい災害にでもあったのだろうとイオリは検討付けた。
フォルトゥナ観光

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