- ナノ -
惜しくも悪魔を完全に倒すことは出来なかった。馬の悪魔・ゲリュオンは倒したが乗っていた騎士・キャバリエーレアンジェロは逃してしまった。あと一歩のところでVが膝をついてしまったからだ。Vには追えと言われたが、具合の悪いVをこんな場所に放置する訳にもいかず、仕方なく諦めた。

「大丈夫なの?」

地面に座り込んだVを覗きこむ。色白の顔が今は白を通り越して青く、苦し気に歪んでいた。

「とりあえず……ニコと合流した方がいいわね。電話探してくる」

まだ生きている公衆電話が近くにあったはずだ。いつ悪魔が襲撃してくるかわからないこんなところにいるよりもモーターホームの方が幾らかマシだろう。運転手がアレだから乗り心地は些か不安ではあるけれども。

立ち上がろうとすると腕を引かれた。

「……お前も悪魔と契約していたのか……?」

Vの視線の先にはアトラとアルバがいる。広場の中央で大人しくお座りをして待っている2匹の前でシャドウが警戒するように姿勢を低くして唸っていた。
猫と犬だから相性はあまり良くないのかもしれないな──頭の片隅でそんな事を考えながら、エリカは口を開く。

「ん?契約?そんな大層なものじゃないよ。彼らはお友達」

「は?」

厳密に言うと違うが、エリカと2匹の関係性を表すならばそれが一番しっくりした。珍しく表情を崩したVがおかしくてエリカは笑う。

「彼らも私もはみ出し者だったからね。類友ってヤツ」

手招きで2匹を呼び寄せる。ここ最近戦闘ばかりでちゃんと構っていなかったからか、2匹はぐるぐると甘えた声を出しながら、エリカにじゃれついてきた。鋭い部分が当たらぬように鼻先を擦り付けてくる2匹にエリカは目を細める。

「契約もなしに悪魔を従えるとかぶっ飛んでんなァ!」

「まあ……この子達は人造悪魔だし」

人造悪魔だから言うことを聞く、というわけではないが、それもある種理由のひとつでもある。

「ゲェー人造悪魔!?エリカちゃんって実はマッドサイエンティスト!?悪魔の敵!?おっか──グェッ」

不自然に声が止まる。Vがグリフォンの首根っこを杖で押さえつけていた。

「あー……この子達を造ったのは私じゃなくて上司ね。けどまぁ……マッドサイエンティストだったのは否定しないよ」

「だった……ということは今は違うのか?」

「フォルトゥナの一件から必要以上の研究は辞めたの」

肩を竦めて、自嘲した。

あの頃の私は若く、怖いもの知らずだった。だから悪魔なんて物に興味を持って研究をしたんだろうし、アグナスの言われるままに実験した。そして──あの日。悪魔により荒れ果てた街、変わり果てた上司や同僚の姿でやっと気がついた。自分自身の過ちに。
それから私は廃棄される予定だった試験管に入ったアトラとアルバを連れて街を出た。別に罪滅ぼしとかそんな高尚なものじゃない。2匹を助けたのは自分のエゴだ。

「今は──悪魔の力がもっと良いことに使えるように研究中。再生能力とか、電気の生成能力とか、ね」

地面に転がっていたゲリュオンの青黒い破片を拾い上げて、Vに見せた。時間を歪める能力が何に使えるかは後から考えるとして、これは中々上質な素材だ。

「私の身の上なんて聞いても面白くないわよ……それより、体調はどう?マシにはなった?」

「あ……あぁ……」

返事は心許ないが、先程よりかは幾らか顔色は良くなっている。エリカが手を差しのべると、Vは遠慮がちに手を重ねた。

狂科学者

prev next