それから更に一日が経過した。彼女──キリエの作ってくれた栄養満点チキンスープのお陰で体調は万全ではないけれども、かなり良くなった。肌触りのいい毛布を押し退けて、イオリは身体を起こした。暖かな陽気が窓から射し込んでいる。
「んん"ー……」
両手を思い切り伸ばすと、四日間寝たきりで凝り固まった身体からパキポキと骨の音が鳴った。身体の動作確認もほどほどに俺はベッド脇の窓を開けて外の世界を覗いた。朝の冷えた空気が頬を撫でて身震いする。石煉瓦造りの建物が立ち並び、中世を想像させる街並みに思わず感嘆の声が漏れた。
「すげぇー……」
本当に異世界に来てしまったのを実感する。後はブイにさえ会えれば文句なしなのだが。
窓を閉めて、ベッドから降りて足元に置いてあった靴に爪先を押し込んだ。どうにも海外式には慣れない。扉を開けると良い匂いが鼻を掠める。即座にくぅ、と反応した現金な自身の胃袋を宥めるように擦りながら、イオリは階段を降りた。
「お、おはようございます」
キッチンで料理を作っているキリエに声をかけた。大鍋をかき回していたキリエは弾けるように振り返り、イオリの姿を見るとにっこりと笑う。
「おはよう。もう大丈夫そうね!」
「はい。お陰様で」
「もう少しで出来るから、その間に顔を洗ってきたら?」
「そうさせて貰いますね」
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お言葉に甘えて洗面所で顔を洗い、リビングに戻ってくると見たことのない青年が長テーブルに料理を並べていた。銀色の短髪で、どこか見覚えのある顔立ちをしている。まじまじとその顔を見ていると鬱陶しかったのか「何だよ」と睨まれた。
「えぇと……何でもないです……」
イケメンの凄みって攻撃力高すぎると思う。すぃ、と視線を反らして、身体を小さくして部屋の隅に引っ込む。
「ネロ!病み上がりの人になんて態度なの!?」
「う……悪い、キリエ」
短髪の青年─ネロと言うらしい─は叱られてたじたじとしていた。それからキリエは隅で小さくなっている俺に手招きすると、テーブルに座るように促す。すでにテーブルには所狭しと大量の料理が並べられていて、指定された椅子の前にはチキンスープやフルーツといった消化しやすい料理が置かれていた。お礼を言い、おずおずと腰かける。
「ちょっと騒がしいけど我慢してね。しんどくなったら部屋に戻って良いから」
「へ?」
騒がしい?と頭にハテナを浮かべているとすぐに答えがわかった。玄関先からばたばたと子供たちが駆け込んでくる。席取りゲームのように慌ただしく長テーブルの席につく。静かだったリビングが一瞬にして賑やかになった。
年齢は小学生くらいからよたよた歩きの幼子まで。まさかキリエの子供ではあるまい。
「兄ちゃん、良くなったんだな!」
「あ、あぁ」
目を白黒させていると一番近くに座っていた気の強そうな少年が声をかけてきた。イオリが休んでいたのは子供たちも周知の事実らしい。
「カイル、イオリのは食べちゃだめよ?」
「そこまで食いしん坊じゃないよ!」
キリエの注意を受けて少年カイルはぷくりと頬を膨らませた。お腹が空いているのかカイルはすでにフォークとスプーンを握りしめてそわそわとしている。皆が揃うまでは食べないのがキリエ家のルールのようだ。
「お、今日も旨そうな飯だな」
「……」
「おい、二人とも早く席についてくれ」
遅れてリビングに入ってきたダンテとバージルをネロが急かした。ただでさえ長テーブルで圧迫されたリビングに大男が二人も来ると更に狭く感じる。バージルと目があったが抱き締められたのを思い出して、気まずさに耐えられなくなり視線を下に落とした。
ダンテとバージルは俺の左右の空いた席に座る。
「じゃあ食べましょうか」
その声を合図にカトラリーが皿に当たる音が響く。大皿に盛られたおかずがあっという間に減っていく。好きなおかずを争奪してフォークとフォークがぶつかり合うその様はまさしく戦争のごとし。
こんな大人数での食事は久しぶりだ。その戦争に乱入するべくイオリも大皿に盛られた照り焼きチキンにフォークを伸ばした。
食卓を囲んで