- ナノ -
かつんと、踵が地面をたたく音がしてエリカは振り返った。荒廃したこの街で音を鳴らすのは悪魔か風かの二択だ。だからこそその靴音は異様によく聞こえた。

「こんにちは」

人の姿を視界に捉えて、エリカは朗らかに挨拶をした。黒いノースリーブのコートを着て杖を付いた男は訝しげにこちらを睨んだ。確かにこんな所で人と会うこと事態がおかしいのだが、その視線はかなり不快だ。そもそも男の方がエリカよりも数倍、怪しい出で立ちをしている。男の腕は勿論服の隙間から見える肌という肌はタトゥーに埋め尽くされているのだ。それに──男の纏う雰囲気は明らかに常人のそれではない。

「こんな所を散歩するなんて、中々いい趣味してるね、お兄さん」

「…………」

男は何も答えなかった。予想の範疇だ。気にもせずに、へらりと笑って所で、と言葉を続ける。

「お兄さんの雰囲気、悪魔みたいだ」

ほんの僅かに男は目を見開いた。気配が動いて、ばさ、と背後で羽音が聞こえた。

「おいおい、こいつぁタダモンじゃあねぇぞ、V」

男が喋った訳じゃない。突如として現れた大鷲のように大きな瑠璃色をした鳥が、喋っている。その巨大な鳥は羽音を立てながら、男の腕に着地した。どうやら彼もまたエリカと同じように悪魔を使役しているようだ。

「あら、鳥さん、お名前は?」

「俺ぁグリフォンだぜ、こっちはVってんだ」

「私はエリカよ」

中々にお喋りなようで、名を尋ねるとあっさりと教えてくれた。

「お前はなぜここにいる?」

「ちょっとばかし、研究をしているのよ……そこにいるキミみたいなのをメインにね」

キミ──とグリフォンを指差すと、グリフォンはげぇっと声を上げて、逃げるように離れた。その様子にエリカはからから笑う。

「で、貴方はどうして?」

「この事態の根源をネロに倒してもらうためだ」

「ん……?」

Vの口から飛び出した固有名詞にエリカは動きを止める。ネロ……ネロとはまさか、あの、ネロだろうか。すっと脳裏を過る銀髪の青年にまさかなと肩を竦めた。

「……そのネロって……銀髪で、腕が悪魔みたいな人のこと?」

「知り合いか?」

そのまさか、だった。フォルトゥナから遠く離れたこのレッドグレイブでネロに会う可能性があるだなんて一体誰が想像できるだろう。

「う、ウウン、そんなヒトはシラナイかなッ!」

「おいおい、その反応はどう見ても知ってるって反応だろ!」

「知らないったら!」

グリフォンに痛いところを突かれてエリカは声を大きくする。彼が来ているとなればこんな所で油を売っている場合ではない。研究はしたいが背に腹は変えられないのだ。

「私のことネロに言わないでね!それじゃあね、V!グリフォン!」

「あ!おい、どこに行くんだよ!お前!」

言いたいことだけ言って、エリカは踵を返すとそそくさとその場から逃げ出した。グリフォンが何やらぎゃあぎゃあと騒いでいたが、今はとにかく逃げなければ。

ネロに会わないために。
遭逢

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