- ナノ -
ニコはプロのレーシングドライバーの方が向いているんじゃないかとエリカは思った。それこそ武器開発よりも。色んな物を弾き飛ばしながら、ブレーキ音を響かせて目の前できっちり停まったキャンピングカーには寿命が一年ほど縮まった。

あの後、悪魔の中に埋め込まれていたダンテの仲間──レディを救出し、ニコと合流したのだ。

「んー……検査機器がないから、触診と視診のみだけど……多分問題なし。その内目を覚ますはず……多分ね!」

多分が多いのは私は悪魔の研究者であり医者ではないからだ。それでも俺らよりは知識あるだろと強引に診させられた。全くこれだから無知な人間は困る。
ひっそりとため息をつきながら、意識のないレディにタオルケットを掛けた。

「しっかし、エロい身体してんな」

「ニコ!」

折角掛けたタオルケットを摘まみ、中を覗きこむニコを咎める。同性とはいえ、そういう目線で見るのは宜しくない。ネロは即座に視線を反らしてはいたが、救出時にばっちり目撃してしまっているので今更だ。ラッキースケベにも程がある。

「……で、この後は?」

ニコのせいで乱れたタオルケットを再度かけなおしながら、振り返ってネロに尋ねた。

「引き続き根の駆除と──何だ?」

ズシン──地響きが聞こえ、車が大きく揺れた。何事かとフロントガラスから外を確認すると巨大な悪魔がゆっくりと歩いている。動きは緩慢だが、無遠慮に街を潰し歩くその巨体はかなりの脅威だ。

「こりゃデカいな。流石に無視できねぇ。気を付けろよ」

巨大な悪魔──ギルガメスを見つけたネロが放っておく訳もなく。

「あっ!私も行く!」

車を飛び出したネロの後を追い、エリカも走り出す。先行したネロをギルガメスが青い魔弾を放ち、迎撃した。軽やかに跳ね、障害物や建物の壁を走り抜けて避けていく。完全に人間離れした動きに見とれつつ、遅れながらもネロの元へと向かった。

エリカが刀を出しつつ、ギルガメスの元までやってきた時にはすでにネロは戦闘を始めており、レッドクイーンを唸らせながらギルガメスに斬りかかっていた。悲鳴らしき音を反響させてギルガメスが近くの建物をなぎ倒しながら倒れこむ。そこを好機とばかりにネロが突っ込んでいった。

「ネロ!危ない!」

ギルガメスの背中が泡立ち、嫌な予感がしてエリカは叫んだ。声を聞きネロが背中から飛び降りると同時にギルガメスの背中の全面が針でびっしりと覆われた。弱点をカバーする攻撃もちゃんと備えているらしい。

「チッ!簡単には殺らせねぇってか?」

舌打ちをしながらネロが隣に着地した。

「つーか、何で来てんだよ……危ねぇだろ?」

「いいでしょ、別に。それより、足は私がやるから上はよろしく」

流石に三階建てくらいの高さにジャンプ出来るほどの脚力はない。助走をつけたってそんなに跳べないだろう。悪魔の研究をしてたってあくまでエリカは人だ。

「怪我すんなよ!」

それだけ言うとネロはデビルブレイカーを使い、ギルガメスの足を伝って登って行った。

「よし」

図体に比べてかなり細いその足の節を狙って斬りつける。手応えにエリカはにまりと口角を上げた。装甲は鋼並みに硬そうだが、やはり間接部分は脆い。幾らか斬りつけてやれば堪えられずに倒れるだろう。

「おっと──」

足元でちょこまかしているエリカが鬱陶しくなったらしく、巨体の横についていた細い触手が魔弾を放ってくる。攻撃を止め、踊るようにステップを踏んで魔弾を避けた。

何て事はない。動きが緩慢な分、攻撃もかなり見切りやすい。

(このくらいなら私一人でも倒せたかな?)

そんな余裕をかましていたら、急に影が濃くなった。ハッとして頭上を確認すると平たい巨体が目の前に迫っていた。

「──っ!?」

瞬時に横へと転がり、落ちてくる巨体を避けた。間一髪だ。心臓に冷水を浴びせられたかと思うほどに肝が冷えた。ドキドキと心臓が喧しく鼓動している。

「危なかった……って、え?」

安心したのもつかの間で。ギルガメスがその巨体を地面に打ち付けた瞬間に足元がガクンと沈んだ。クリフォトの根であちこちが隆起し骨組みがずれた建物はかなり脆くなっていた──ちょっとした衝撃で簡単に崩れるほどに。

反射的に天へと向けて伸ばした腕は何も掴めず、身体は重力に引かれてまっ逆さまに落ちていく。歯を食い縛り来るだろう衝撃に備えた。

「ぐぇええええ!!!?」

どすん、と思ったよりも柔らかい衝撃。それから聞き苦しい悲鳴を添えて。

「ぐ、グリフォン……!?」

運良くグリフォンの上に落ちたらしい。跳ねるように飛び退いて、グリフォンの身体を確認する。

「丁度いい、Vそいつのお守り頼んだぜ」

「ちょっと!お守りってひどい!」

頭上で聞こえた声に反論したが、すでにネロはギルガメスとの戦闘を再開していた。後に残されたVと私はお互いに暫し見つめあう。

「ええっと……グリフォンはこれくらいで死んだりしないわよね?」

「無論だ」

「かぁーってに殺すんじゃねぇよ!エリカちゃん!」

悪魔がこれっぽっちの衝撃で死ぬとはエリカも思ってはいないが一応の確認だ。グリフォンは元気良く羽ばたいて、Vの腕に留まった。

「なら、良かった。何ならVより元気そうだもんね」

「言われっちまったなァ、V」

グリフォンはけらけらと大笑いしているが、Vは押し黙る。どうやら地雷踏み抜いてしまったらしくVは不機嫌そうに眉間にシワを寄せるとエリカに背を向けてさっさと歩きだした。

「そこまで気にしてるなんて思わなかったわ、ごめんなさい」

「……別に、気にしてなどいない」

これは間違いなく気にしている奴だ。Vの後を着いて歩きながら、エリカはひっそりとため息をついた。


悪臭の立ち込める下水道を黙々と歩く。Vはネロと違い、お喋りなタイプで無いことは見た目からして分かっていたが、何とも味気ない。こういうときに悪魔でも出てきてくれればいいのに──なんて考えているとすっと目の前に杖が伸ばされた。足を止めて、Vを見ると険しい顔をしている。

「下がっていろ」

その言葉を合図に悪魔が現れた。エンプーサやヘルカイナ──弱いのに相変わらず数だけは多い連中ばかりだ。

「行け」

たった一言。Vの影から黒豹が飛び出して、悪魔に飛びかかった。身体をトゲに変形させて戦う黒豹にエリカは目を丸くする。

「わぁお!名前、何て言うの?」

「シャドウだ」

エリカが使役する2匹とはまた違う動きをする黒豹──シャドウに目を輝かせる。Vさえ良ければ、是非とも解体してその生態を確認したいものだ。

「俺も忘れんなよォ!」

口から紫電を帯びた球体を吐き出して、グリフォンが存在を主張する。

「グリフォンもスゴいのね!」

「へへへ!見てろよ、エリカちゃん!こんな悪魔くらい丸焼きにしてやっからよ!」

煽てると面白いほどに調子に乗って、雷を起こして敵を焼きつくしていた。成る程グリフォンは雷属性──と。雷を発生させる器官はどこか、あの羽毛は雷を防げるのか──実に研究者としての血が騒ぐ。顎に手を当てて、ニヤリと笑っているとVが駆け出した。そして怯んでふらふらになった悪魔に持っていた鋭い杖先を突き刺して止めを刺す。

「…………ふぅん?」

どうやらシャドウもグリフォンも悪魔に止めを刺せないらしい。何とも不思議だ。悪魔が暴走して別の悪魔を殺すことも良くある事だ。つまり彼らは普通の悪魔ではない──今までの研究から推測して、エリカは答えを弾きだす。

そんな彼らを従えたVもまた、普通の人間ではないのだろう。

「私の出る幕もなかったね」

「出る幕って言うけど戦えんのォ?エリカちゃんよォ」

「こう見えても戦えますぅー!」

明らかにバカにした口調のグリフォンにエリカはすかさず噛みついた。ネロといい、Vといい、私が戦えないと思い込みすぎだ。研究員は戦えない、なんて事はない。上司のアグナスだって──悪魔の力を使っていたとはいえ──戦えていたのだから。

「嘘つくなよ、エリカちゃん」

「羽根むしって解体するわよ、グリフォン」

信じないグリフォンを掴んでやろうと手を伸ばしたが、高いところに逃げられてしまった。
踏みしだく巨影

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