- ナノ -

長い夢を見ていた気がする。
ずっとブイが隣にいてくれて手を握りしめてくれる夢。とても穏やかで暖かな夢。

緩やかに意識が浮上して、瞼を持ち上げた。見慣れぬ木目の天井が視界いっぱいに広がる。身体を起こそうとしたけれど、重くて動くのが酷く億劫だ。
そういえば、ずっと手に温もりを感じる。視線だけを動かして、ベッドサイドに座る誰かを確認した。

銀髪の男。一瞬、思考停止したが、それがバージルだとすぐに思い出す。バージルは眠っているのか、顔を俯けたまま目を閉じていた。

(夢の中ではブイだったのにな)

もしかしたら、なんて思ったけれど、そう簡単には願いは叶わないようだ。ほんの少し落胆する。それから、眠る前は何があっんだったかとぼやけた記憶を掘り返した。

確か、魔界でバージルとダンテに会った後、急に息苦しくなって──そこからの記憶が途切れている。意識を失うような持病など無かった筈だが。定期健診ではオール平均オール問題なしだったのに、案外健診も当てにならない。

それにしても。ここは何処だろう。部屋を見回す。手狭な部屋だが、クローゼットや棚、その上には生活必需品や調度品が所狭しと並べられている。魔界ではないことは明らかだ。
薄いレースのカーテンから抜ける日差しに目を細めながら、窓の外の景色を確認する。どこか中世的な石煉瓦造りの街並みが広がっていた。見たことのない街並みに少し心が踊る。

(その前に状況を理解するのが先決、か)

起き抜けよりかは意識もハッキリしてきた。身体を動かすのは厳しそうだが、とても喉が渇いている。水が欲しい。どうにかしてバージルを起こそう。

「ばー、じる」

枯れた喉から言葉を絞り出した。微かな声だったのに、バージルはそれを拾い上げて物凄い勢いで目を覚ます。恐ろしく速い反応だった。何なら"ば"の発音辺りでもう顔がこちらを向いていた。

あれから何日が経過しているのか。ここはどこなのか。聞きたい事は山のようにあるが、とりあえず──

「……おはよう、ござい、ます……?」

疑問系になってしまったのはバージルが此方を向いたまま全く動かなかったからだ。人相悪い人に見つめられるのは地味に心臓に悪いからやめて欲しいのだけれども。

「イオリ……!」

「わ、」

唐突に強く抱き締められて、面食らう。バージルが微かに震えているのを感じた。苦しいくらいの包容に戸惑いつつも、バージルの身体に腕を回す。不安げな心音がやがてゆったりと正しい音を刻みだして、やっとイオリは腕の中から解放された。

本当にバージルはなぜここまでイオリの事を気にかけてくれるのかが不思議で堪らない。

「腹は減っていないか?何か必要な物があれば言え」

ありがたい申し出にイオリは即座にからっからの喉から声を絞り出して水を要求する。それを聞くや否やバージルは部屋から飛び出していった。行動が早すぎて唖然とする。

暫く待っていると階下が急に騒がしくなった。複数人が何やら揉めるような声がしている。気にはなるが確かめる術はないため、ベッドに転がったまま聞き耳を立てた。

「もう!三人ともあのこの部屋に立ち入り禁止!いい?分かったわね!?」

そんな女性の一喝が聞こえて、男の声はなくなった。女が強いのはどこでも同じなんだなとひとり苦笑する。

軋んだ音を立てながら扉が開いた。茶髪の優しそうな女性が水差しの乗ったトレイを片手に入ってくる。先程の声は彼女の物だろう。サイドチェストにトレイを置くと彼女は穏やかに微笑んだ。

(……美人だな)

くっきり二重のアーモンド型の目は大きく、色素の薄い瞳が綺麗だ。それに鼻筋の通った顔立ちはとても整っている。
彼女にするならこういう女性がいい。そこ面食いとか言うな。男は皆そういうもんだ。

「目が覚めて良かった。喉が渇いているのよね?」

こくりと頷くと、彼女は水差しをそっと口許で傾けてくれた。乾上がった喉に冷たい水が流れ落ち、潤いが戻る。水差しの水を全て飲み干して、イオリは一息ついた。

「ありがとうございます。生き返りました」

「ふふふ、それなら良かった。具合はどうかしら?」

「身体が重いくらい、です。あの俺どれくらい寝てたんでしょうか?」

「ここに来てからは四日目ね」

一、二、三、と指を立てながら、彼女は答えた。ううむ、四日も寝ていたとは。道理で身体が重い訳だ。しかしいつまでもベッドと友達になっている訳にもいかない。何とか身体を動かそうともぞもぞとしていたら無理しちゃダメと止められた。まあ、美女に言われたら止めるしかない。

素直に言うことを聞いて、俺は眠ることにした。
目覚め

prev next