- ナノ -
6月15日、AM5:33
レッドグレイブ市市街地──

街の至るところから触手のようなどす黒い色をした奇妙なものが地面を突き破って生えている。身の丈以上にも伸びたソレの先端は鋭く尖り、ゆらゆらと怪しく揺らめきながら獲物を待ち構えているようだ。その周囲近辺には蓮根のように穴の空いた人形大の石像のような物が数体、佇んでいる。

「あぁ……うん、これは……成る程、調査しがいがありそうね」

顎を擦り、しげしげとその触手を眺めた。一件植物の蔦のようにも見えるが、どくりどくりと血のような赤い何かが脈打っている。

一ヶ月ほど前に突如としてレッドグレイブ市の中央に現れた巨大な白い建造物──というよりもそれは樹、と表現した方が正しそうだが──により街は一瞬にして崩壊した。樹木のそばに生えた触手は人を串刺し、魂ごと血を吸いとる。触手のそばの石像はその抜け殻だ。それだけでも十分非現実じみているが、何よりも非現実的な存在が何もない空間からぬるりと姿を表した。

言うなれば羽の生えた蟻のような、生き物。ただその大きさは人の身の丈ほどあり、曲がった前足の先には人の皮膚など簡単に貫通できそうな程に尖っている。それも一体だけではない。ぐにゃりと空間を歪めて数体、出現した。

悪魔──人間界では然程知られてはいないが確かに彼らは存在していて、時折こうして人間を喰らいにくるのだ。この"エンプーサ"と呼ばれる悪魔は悪魔の中でも最弱の、とるに足らぬ羽虫に過ぎないが、何の力も持たぬ一般人からすれば羽虫程度でも脅威になる。ただの一般人であれば悲鳴を上げて逃げていただろう──私が一般人であれば、だが。

「全く、懲りないなぁ」

このタイプの悪魔に思考や学習能力はない。生者がいればここぞとばかりに攻撃をしてくるのだ。これで何度目の襲撃かわからないが、両手では数えきれないのは確かだ。ため息交じりに肩を竦める。自分で手を下すのも億劫だ。

「アトラ、アルバ」

吐き出した息に音を乗せる。それと同時に両脇の地面から白と黒のコントラストが飛び出した。一見犬のようではあるが、骨のような顔をしていて、四肢の先には鋭く尖った爪が並び、前肢の手首から肘にかけてノコギリのようにギザギザと尖った刃が付いている。そう、また彼らも悪魔と呼ばれる生き物だ。
筋肉質な四肢を動かし、エンプーサに食らい付く様を一歩も動かずに眺める。この調子なら数分も掛からずに一掃できるはずだ。

予想通りあっという間に全ての敵が塵となって消失した。アトラとアルバはお行儀よく目の前でお座りをして、私の命令を待っている。

「ふふ、お疲れ様。休んでて」

利口な彼らの首筋を撫でてやるとぐるぐると嬉しそうに喉を鳴らしてから影へと消えていった。
気を取り直し、また街の探索へと戻る。隆起した道路を軽やかに乗り越えて、私──エリカは歩きだした。
動き出す歯車

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