- ナノ -
──V、会いたい。

その言葉を聞いたとき、あぁ。俺も会いたかった。と内心で呟いた。姿が変わっても、あの日から一時たりとも忘れたことはない。まさかイオリが魔界に来るとは思いもしなかったが。会えた喜びも束の間で、イオリは瘴気により倒れてしまった。

(死なせはしない)

折角会えたのだ。こんな所で死なせるつもりはない。悪魔の襲撃を一瞬で撃退し、イオリを抱き上げた瞬間──ブレイクの詩集が光った。

あの時と同じ感覚に腕の中のイオリを強く抱き締める。やっと会えたのだ。決して離すものか。

不意に浮遊感を感じて、身体が重力に引かれた。受け身を取るよりも前に背中に何かがぶつかる。想像以上に地面が近い。息を止め、腕の中のイオリが傷つかない様に身体を丸めた。

「くっ……」

ガラスの割れるけたたましい音が響いた。それに女性の悲鳴が重なる。着地すると同時に身構えた。靴の裏でガラスの破片が弾ける。周囲を確認して、片手でイオリを抱え、刀の柄に手を伸ばした。
質素な作りの部屋の奥、隣接したキッチンで年若い女が震えている。理由は分からないがどこぞの民家にワープしたようだ。これがあちらの世界かどうか判別はつかないが、魔界でなければそれでいい。

「キリエ!どうした!!!」

扉を蹴破るようにして、深い青色のコートを着た男が入ってきた。赤い大剣を持った男は部屋の惨状とそこに転がる大男二人を見て、石化する。

自覚はないが、実の息子の──ネロだ。

「バージルとダンテ?何でここに……」

「さぁな。本のマジックか?なぁ、バージル」

面白半分におどけるダンテを睨み付ける。

「そんな事よりイオリを休ませたい」

ぐったりとしたイオリを見ていち早く動いたのはキリエだった。こっち、と案内されるがままにベッドへイオリを寝かせる。毛布を被せて、ひどく緩やかな呼吸をするイオリを見つめた。

「酷い熱ね。濡れタオルを用意してくるから」

額に手を当てて体温を確認したキリエはそう言って部屋を出ていった。
ひとり置き去りにされたバージルは膝をつき、ベッドに眠るイオリの額にそっと触れる。指先に伝わる高すぎる体温に顔をしかめた。

「俺がお前の代わりをしてやれたら……」

俺ならこんな熱も苦しさも何でもないのに。額に張り付く前髪を払ってやり、そしてそこにそっと唇を落とした。
Helpless

prev next