- ナノ -
先程まで元気だったのにイオリは突然意識を失い倒れた。顔色も悪く、呼吸も浅い。予想はしていたが、それよりもずっと早かった。

魔界に充満する瘴気。魔界に人間がいない理由はそれが原因だ。半分悪魔のダンテやバージルは問題はないが、生身の人間には猛毒だ。元気そうにしていたから瘴気の影響を受けていないのかとも思ったが、そうではなかったようだ。にしても──。

(クソ兄貴がここまで気に掛けるのも珍しいな……)

顎髭を擦りながら、イオリの顔を心配そうに覗き込んでいるバージルの背中を眺める。
負けず嫌い、無関心、力バカ、ダンテの中のバージルに対しての評価はそういう物ばかりだ。だから、喧嘩を放棄してまでイオリを助けに行った事自体が意外だった。イオリは黒髪で大人しそうなおチビちゃんで、何か力を持っているわけでもない。イオリを独りで人間界に返すのも嫌がっていたし、何がそこまでバージルを惹き付けるのかが理解できなかった。

「おい、どうするんだ」

いつまでもイオリの傍で踞っていても事態が好転する訳でない。しかし、バージルはダンテの問い掛けを無視をしてただただイオリを見つめていた。相変わらずのそれにダンテは肩を竦めて、バージルと同じ様にイオリの顔を覗きこむ。

「う……ぅう……」

苦しげに呻いている。無理もない。イオリにとっては呼吸ひとつですら毒になるのだ。

「……、ぃ……ぁいた……」

譫言を聞いて、バージルは突然立ち上がった。その勢いに後ろにいたダンテは思わず仰け反る。

「境界が薄いところを探して出る。お前も協力しろ」

文句のひとつでも言おうとして、開けた口は何も発する事なく終わった。あの兄が、見ず知らずの人間を助けるために動く時が来るなんて誰が予想した?

「無茶言うなよ。そう簡単に行き来出来る場所なんて──」

「見付けろ。イオリを見殺しになど出来ない」

「は。わーったよ、探しゃいいんだろ、探しゃあな」

刀を突きつけてくるほどマジならしい。いつになく鋭い殺気を浴びせられて、冷や汗が米神を伝った。ダンテ自身もイオリを見殺しにするのは不本意だし、断る理由はないがバージルの本気さにたじろぐ。

しかし、魔界と人間界の境界が薄いところなんてそうそう見つからないし、検討もつかない。このだだっ広い魔界では見付けることさえ至難を極める。その上、悪魔の襲撃だ。

「チッ!今立て込んでんだよ!」

今しがた出現した悪魔に魔剣を振りかざした。赤く光る魔力剣を飛ばし、離れた所の悪魔も屠る。
戦うだけなら何時間でも戦える。だが、今は──ちらりと横目で地面に寝かされた男を見た。さっきよりも顔色は悪い。一日は持たないだろう。

「──って魔人化までしてんのか」

ずん、と身体にのし掛かる重厚な魔力。ダンテの横を青白い幻影刀が通りすぎ、悪魔に突き刺さる。こんな下級悪魔に魔人化とは、相当本気らしい。青黒い鎧の身を包んだバージルが真空の刃を飛ばしあっという間に悪魔を殲滅した。

刀を納め、バージルはイオリを抱き抱えた。その拍子に何かが地面に落ちる──本だ。ハードカバーの、見覚えのある本が地面に付くか付かないかの所で突然輝きだす。網膜に焼き付きそうな閃光に、反射的に腕で目を庇った。

その瞬間に身体を何かに引っ張られた感覚がして、意識が遠退いた。
Hurry up!

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