──ザン、と薙ぐ音がして、背中の重みが消えた。震える瞼を持ち上げて、頭上を確認する。
「無事か?」
俺はほんの少し落胆する。心のどこかでブイが助けに来てくれる事を期待していた。流石にそんな都合のいい運命はなかったらしい。
差し伸べられた手をありがたく掴ませてもらい、立ち上がる。男は銀の髪を逆立てて、黒地に青い模様の入ったロングコートを纏っていた。その手には長刀が握られている。イオリより頭二個分程上にある顔を繁々と眺めていると薄青色の瞳が此方に向いた。
「怪我は?」
「え、ええっと、ちょっとだけ……擦り傷だけです」
「そうか」
おどおどとしながらも答えると、男は安堵したように表情を緩めた。見た目はともかく雰囲気、ちょっとだけブイに似ているななんて思いつつ、地面に落としてしまっていた詩集を拾い上げて汚れを払う。逃げてる途中で落とさなくて良かった。
「──おい!くそ兄貴!」
第三者の声に肩が跳ねた。
「勝負の途中でいきなり走り出すなよ!」
振り返るとこれまた銀髪の壮年の男がいた。髪を逆立てた男とは対照的に赤いコートを纏っている。どことなく顔つきが似ているのと先程のセリフから察するに彼らは兄弟のようだ。不満そうにしながら、男に詰め寄り文句を並べている。
「何をしようと俺の勝手だ」
「ははーん……俺に負けそうだったから逃亡って訳か」
「……死ね」
思わず顔がひきつる。兄弟の筈なのだが、髪を逆立てた男は間違いなく殺す勢いで刀を振るっていた。対して赤いコートの男は事も無げに背負っていた剣を構えて防いでいるし、何だかもうスゴすぎて言葉もでない。
暫く彼らは激しく斬り結んでいたが、やがて戦闘を止めて視線が此方に向く。
「で、アイツは誰だ?」
急に矛先を向けられて心臓が跳ねた。赤コートの問い掛けに青コートは無視をして此方に歩み寄ってくる。その険しい顔に身体を強ばらせておどおどとしているとぽすんと頭を撫でられた。
「バージルだ」
「え、と……イオリです」
青コート──基バージルに倣い、イオリも名乗る。何故頭を撫でてきたのかは謎だが。
「俺はダンテだ。イオリは人間だよな?どうやってここに来たんだ?」
「人間です……。ええっとここってそもそもどこなんですか?」
赤コート──基ダンテに訊ねられてイオリは答えつつ、質問を返した。
「ここは魔界だ。入口は閉じちまってるし、人間が入れる訳がねぇんだけどな」
「魔界……」
よりにもよって、魔界とは。道理で街にも人にも出会えないわけだ──ってあれ、ならバージルとダンテは?
新たな疑問に首を傾げたが、見ず知らずの他人にずけずけと聞いてもいいものか計りかねて疑問を呑み込んだ。
「──ったく、のんびり会話もしてらんねぇか」
「へ?」
突然、ダンテが剣を構えた。バージルも腰を低くして、刀の柄に手をかけている。
「いいか、イオリそこでじっとしてろよ」
──死にたくなかったならな。
その言葉を合図にあちらこちらから大小様々な悪魔が飛び出してきた。喉がひきつり、悲鳴すらもあげられないまま、恐怖で座り込む。
虫みたいな悪魔に、トカゲ、死神──とそれぞれ特徴的な悪魔をダンテとバージルは各々の武器で刻んでいく。見惚れるほどの鮮やかな動きで、敵を屠るその光景はある種の芸術の様にも見えた。
辺り一帯の悪魔を殺し終えた二人は、武器についた血を払うとイオリの元に戻ってきた。
「腰でも抜けたか?」
へらへらと笑いながらダンテが見下ろしてくる。悪魔の血に濡れて笑うダンテはある意味悪魔以上に怖い。嘘をつく必要もないので素直に頷き、肯定した。
「お前に怪我がなくて良かった」
「あ、えと、はい。ありがとう、ございます」
膝をつき目線を合わせて、頭を優しく撫でてきたバージルには正直どんな顔をしたらいいのか分からなかった。初対面な筈なのに随分と馴れ馴れしい、というか、何というか。
戸惑いながらも礼を言い、またも差し伸べられた手を受け取った。力強く手を引かれて立ち上がる。
「おい、バージル。どうする?」
「……魔界から抜け出さねばなるまい。人間が生活できるほど魔界は安全ではない」
「なら、お前の閻魔刀でイオリだけ──はいはい、そう睨むなって」
この短時間の内にすでに二回襲撃があったのだ。それだけ魔界には悪魔が多いとわかる。無力なイオリではいくら命があったって足りない。
ダンテが何かを言いかけていたが、バージルに睨まれてうやむやになった。もしかしたら魔界から抜け出す方法をバージルは知っているのだろうか。
「お前は俺が守ってやる。心配するな」
「へ!?あ、ありがとうございます?」
仏頂面ながらも、口調は穏やかできょとりとする。疑問系になってしまったのはご愛嬌だ。
「明日は槍だな」
俺とのやり取りを見たダンテがそんなことをぼそりと呟いていた。
魔界と双子と