シャドウも妙に知恵があるから困ったものだ。わざと手が触れる直前でどろけたシャドウに悲鳴を上げ、半泣きになったイオリを落ち着かせて顔を洗いに行くように言ったのが10分程前の出来事である。
「マジで怖すぎだろ、シャドウ……」
洗面所から戻ってくるなり身体を半分壁に隠しながら、Vの足元で寝ているシャドウを睨んでいる。グリフォンの謀略もあり少々出会いが良くなかったのはともかく、シャドウまでもが自発的にイオリを驚かせたのにはVにも予想外だった。こんな調子ではナイトメアを見た時には気絶でもしそうだ。そもそも見せる予定はないが。
「ケケケ!ビビってやんの!ダッセェ!!」
「うるせぇ、鶏肉!!死ね!!」
低レベルの争いを繰り広げる一人と一羽に眉間を押さえた。朝っぱらからヒートアップする二人に呆れる。
「シャドウ」
Vの呼び掛けにシャドウが起き上がり、言い合いをする二人に近づくと身体を変形させて蛇のような巨大な口を作り上げた。そばに脅威が迫っているのにも気付かず、尚も二人は言い合いを続けている。
「鶏肉、チキン、アホウドリ!!」
「ビビり、泣き虫、バカ人間!!」
これ程までに低俗な言い合いはやったことが──いや、子供の頃にあいつとやったくらいだ。
「お前なんか焼鳥に──ってひぃえ!?」
「ギャア!ネコちゃん!?」
ようやっと気づいたらしい。ぱかりと開けた大口にグリフォンは見事にぱくりと喰われる。怖じ気付いたイオリは尻餅をついたお陰で間一髪喰われるのを免れていた。地味に運のいい男である。
「え、え……喰われて……」
ももも、と咀嚼するシャドウを見て、イオリは顔を青くさせていた。別に本気で食べようとしている訳ではなく、ただモゴモゴと口を動かしているに過ぎないがそんな事をイオリは知るよしもない。
「そろそろ吐き出してやれ」
ペッ、と床に青い塊が吐き捨てられた。涎まみれになっていつも以上にみすぼらしいグリフォンを鼻で笑う。同情心が微塵にも湧かないのは日頃の行いのせいだ。イオリはイオリでドン引きしながら爪先でグリフォンをつついている。
「それは置いといて此方に来い」
「えぇ……いいの?これ……」
「いつもの事だ」
全く。ちらりとテーブルの上に視線を向けた。脅されたとはいえ、見ず知らずのVを助けてくれた礼を兼ねて、折角準備したのに先程の騒動ですっかり冷めてしまっている。
「あれ?もしかして──」
シャドウを避けるように壁に張り付いて移動してきたイオリが並べられた料理に気づいてVを見た。不器用ながらも見よう見まねで作ったそれは不格好で、イオリの物とは比べ物にならないけれども。
「味の保証はしない」
「いいよ、そんなの。作ってくれたのが嬉しいよ。ありがとう、ブイ」
柔らかく微笑むイオリをいつまでも見ていたいと思った。
五日目。