イオリに連れられて、外へ出た。
忙しなく行き交う大小様々な形状をした車、二輪車、自転車、人──それに、空を貫かんとばかりに聳え立つビル群には衝撃を受けた。それを表に出すことは無かったが。
まず案内されたのはもしかしたら何かしらの文献があるかも、ということで図書館だった。一階は入りやすいようにガラス張りになっており、受付や休憩所のソファが外からでも見える。自動ドアをくぐると古びた紙特有の匂いが鼻をくすぐった。
「家からそんなに離れてないから、ここならいつでも来れるだろ?貸出カードは俺のを使えばいいから」
ほら、と差し出されたカードには少し丸みを帯びた字で何かが記載されている。生憎とブイには読むことは出来ないが恐らくイオリの名前が書かれているのだろう。
「字下手だからあんまり見んなっての」
カードを受け取り、名前をじっくりと見つめていると手で覆い隠された。恥ずかしいらしく、頬は心なしか赤くなっている。
「安心しろ、俺には読めない」
「……あぁ、そうなんだっけ」
どういうわけか、話すのは問題ないのに文字は読めなかった。イオリと一緒に調べた所、日本語はダメだったが、英語は読めた。中途半端に不便だが全く通じないよりかは数倍マシだ。こんな所で言葉も通じなかったは無口なVは何も出来ないまま渇れていただろう。
それに、幸い日本では外国人向けに英語での案内文も多くあるため生活面では然程問題は無さそうだった。
本の借り方と返却方法を一通り、イオリに説明を受けてから、Vは試しに本を幾つか借りるようイオリに言われ、棚に並ぶ背表紙を指でなぞる。大きな図書館だけあって外国語図書も豊富なようだ。無意識にブレイクの名を探してしまうが、今はそうではない。元の世界に戻るための参考になりそうな本を探しに来たのだ。が。
「あれ?それってブレイクの『ユリゼンの書』だよな。借りるのそれでいいのか?」
「……あぁ」
気がつけば手に持っていたのはブレイクの著書だった。Vに対してイオリは分厚くて小難しそうな本を数冊抱えている。イオリの方がしっかり調べようとしてくれているのに、と欲望のままに借りようとした自分が恥ずかしくなり棚に本を戻した。
「借りなくていいのか?」
「目的と違うからな」
「読みたいなら借りたらいい。好きな本を好きに読めるのが図書館なんだからさ」
「!」
本を小脇に抱えながら、Vが戻した本を片手で器用に引き抜くとイオリはにっこりと笑う。何故イオリはこんなにも、Vに優しくしてくれるのか不思議でならない。あの夜あの場所にいたのがイオリで本当に良かったとつくづく思う。
「じゃ、これさっき教えた通りに受付で貸出登録してきて」
ほら、と強引に本を押し付けられるまま、Vは一人で受付カウンターに向かわされた。優しさとは──。
無事本を借り終えて、二人はショッピングモールへと場所を変えた。様々なテナントが入るモールは人が多く、騒々しい。更にはちらちらと此方を窺う視線が鬱陶しい。
「こういうとこ、苦手?早く用を済ませて帰ろうか」
Vの機微に敏く気づいたらしく、頷いて答えるとイオリは足を早めた。
ショッピングモールで何着か服を見繕い、ついでにイオリは夕御飯用の食材を買い込んでいた。
服の入った紙袋に、本の入ったトートバッグ。更には食材の入ったビニール袋。Vよりも小さな身体でそれら全部を抱えようとしているこの男は人に頼ることを知らないようだ。よっこいしょ、なんて年寄り臭い掛け声と共に荷物を持ち上げるイオリの手から一番重いだろう袋を奪い取った。
「あ」
「少しくらいは俺を頼れ」
「だってブイ、身体弱そうだし」
「……これくらいは平気だ」
事実を指摘されて、むすりと口を尖らせていると頭の中でグリフォンの大笑いが聞こえた。鶏肉は家に帰ったら杖で刺す。
帰路の途中、公園に差し掛かった所でイオリはぱたぱたと駆け出した。向かった先はスプリング遊具がある場所で。どうやら今朝の約束は忘れていなかったらしい。
夕暮れ時の薄暗くなった公園にはもう子供たちの姿は見当たらない。荷物をそばのベンチに置いて、イオリは馬に跨がった。
子供用のそれはイオリには少々小さすぎて不格好だ。上手くバランスを取りながら、前後に馬をしならせる。
「……危険な音がなっている気がするが、大丈夫か?」
大人の体重には合わせられていないからか、みしみしとスプリングが危なっかしい悲鳴を上げていた。絶えず漕ぎながら平気平気とイオリは笑って、Vもやろうよと隣の馬を指差す。
こんな子供じみた真似をするつもりなんてなかったが、イオリの顔を見ているとそれも悪くないと感じて、言われるままにVも木馬に跨がっていた。子供の頃とは目線も揺れかたも全く違っていたけれど、心は子供の頃に戻ったような気がした。
カウボーイの真似!等と言ってスプリングを限界まで唸らせて、イオリが馬を半壊させたのはここだけの話だ。
四日目。