ブイは異世界から来た、らしい。
ネットで検索して、ヒットしなかった時点で何となく察していたが、世界地図にレッドグレイブという都市名はなかった。代わりにブイの世界地図を描いて貰ったら、全然違っていた。
ブイがわざわざこんな嘘臭い嘘をつく理由も見当たらないし、グリフォンとかいう喧しい大鷲擬きを見たら信じざるを得ない訳で。
「はぁ……これからどうするかぁ……」
あんなトンデモ出来事があったとしても仕事は休みにはならない。いつもの通勤ルートを辿りながら、ため息混じりにぼやいた。
会社に出勤して、昼休憩前の少し仕事場が穏やかになる瞬間を狙ってイオリは上司にとある希望を頼むことにした。渋い顔をする主任に深く頭を下げる。
「明日から3日間有給が欲しい……って、ねぇ……」
「本当にすみません。急に問題が転がり込んできて……どうしても」
我ながら無理を言っているのは分かっている。申し訳なくて再度頭を下げると頭上からため息が聞こえた。
「まあ、いいわよ。その代わり有給後はたっぷり働いてもらうから、そのつもりで」
「ありがとうございます!」
持つべきものは物わかりのいい上司である。喜べたのもつかの間、目の前に分厚く重ねられた書類束がつき出されて、俺は笑顔のままで石化した。
「じゃ、言うこと聞く分、これ、よろしくね?」
「……はい」
残業が確定した瞬間であった。
家に帰れたのは時計の短針がギリギリ天辺を越える前だった。深夜でも営業しているスーパーで食材を買い込んでいたのもあってすっかり遅くなってしまった。急ぎ足でマンションの廊下を抜けて、自宅の扉を開ける。
「悪い、腹減ったよな」
ブイはリビングのソファに座って、詩集を読んでいた。暇さえあればブレイクの詩集を開いている辺り、相当好きなのだろう。
気だるげに視線だけを此方に寄越してきたブイに苦笑を溢して、一先ずキッチンに荷物を置いて着替えることにした。
冷蔵庫の中身を確認する。用意しておいた昼御飯はきちんと食べてくれたようだ。食器が雑にシンクに置かれているのはまあ、良しとしておこう。
朝に炊飯ボタンを押しておいたからご飯はもうばっちり保温状態になっている。この時間から料理をするのは面倒くさくて割引になっていた惣菜を幾つか買ってきたから、皿に盛ってレンジで温めれば完成だ。
「はい、どうぞ」
テーブルに夕飯を並べると、ようやっとブイは本を閉じた。ほうれん草のお浸しに鶏肉の照り焼き、小芋煮、とThe和食だがブイの口には合うだろうか。やや不安に思いつつフォークで食材をつつくのを見守る。
「……旨いな」
ぽつりと漏らされた一言に安堵した。
かなり遅めの夕飯を食べ終わり、就寝の支度も終えて後は寝るだけだ。その前に一応ブイに明日からの予定を話しておこうとソファに並んだ。
「ブイ、明日は一緒に外に行こう。元の世界に戻るヒントもあるかもしれないしな」
それに服も買わなければ。ブイが元々着ていた服はパンク?ロック?過ぎて100%目立つ。似合っているとは思うが、有給を取ってまで休んでいる身としては目立つのは避けたい。イオリの服は体型差でブイには丈が足りなかったのだ。憎いぞ、高身長……とそれはさておき、一応今は多少は融通の利くスウェットを着てもらっている。
「でも、グリフォンはダメだからな。こんなでっかい鳥がいたら大騒ぎになるし……」
「はぁぁ!?Vちゃんは良くて、俺はダメだァ?フザケンナヨ!」
「捕獲されて研究所送りにされてもいいならついてくるか?」
威嚇するように目の前に来たグリフォンの嘴を掴み、脅し返す。ここ数日で分かったがグリフォンはただただ喧しいだけの鳥だ。イオリの手を振り払い、なお騒ぎ立てるグリフォンにブイが杖の柄を思い切り突き刺して黙らせていた。
「お前は話をややこしくするな」
ぐいぐいと杖先を押し付けられたグリフォンは逃げるように部屋の隅のコートハンガーに着地した。けっと悪態をつくグリフォンをブイが睨みで黙らせる。
「出会った公園とかも見て……後は図書館とか、案内するよ」
図書館、という単語にブイは心なしか目を輝かせていた。
三日目。